第20話 信用
屋敷に着き、着替えた後部屋に戻った。
羅刹様は、夜の散歩に行くと言っていなくなってしまった。
私も行きたかったけれど、寝不足が続いているから体が少し重たい。
「……大蛇さん、か」
なんとも言えない人だったな。
夜の羅刹様はめんどくさそうにしていたけれど、完全に敵対している訳ではなかった。
逆に、夜の羅刹様とは仲が良さそうだった。
友達までにはいかないにしろ、ライバル? くらいの関係性っぽい。
実力差はありそうだけれど。
「うーん」
…………大蛇さんの毒、復讐の道具に使えないかな。
殺すまではしたくないけど、気を失わせるために、とか。
※
次の日、私はまたあやかしさん達にお願いして、屋敷の中の清掃をしていた。
ちなみに、しっかりと筋トレは終わらせました。
短縮版ではなく、しっかりと腕、背中、お腹、足と鍛えましたよ。
朝からいい汗を流し、そこからは廊下の雑巾がけ。
廊下の雑巾かけは体力使うし本当に大変なんだけど、終わった後は気持ちがいい。
私、本当に体を動かすのが好きなんだなぁと、自覚してしまう。
「ふー! 気持ちいいなぁ」
床はピカピカ、太陽も昇り気分は最高潮!
周りはまだ私の行動に戸惑っているけれど、早く慣れてくれることを祈るかな。
「水喜様」
「あっ、百々目鬼さん! おはようございます!」
後ろから百々目鬼さんに声をかけられた。
振り向くと、ニコッとほほ笑んでいる美人さんが私を見ていた。
ま、まぶしい!!
なんであやかしさん達は、みんなそれぞれこんなに美しく輝いているのだろう。
妖気? 私には妖気が輝きとして目に映っているのか!?
「今、お時間大丈夫ですか?」
「は、はい」
「こちらへ」
何処に行くんだろう。
雑巾をバケツに戻し、タオルで手を拭きながら百々目鬼さんについていく。
「お掃除が途中でしたのに、申し訳ありません」
「い、いえ」
拭き終わったタオルをタイミングよく振り向き、預かってくれた。
やっぱり、全方位が見えているのかな。
「羅刹様が水喜様をお呼びなのです。雪女もいらっしゃいますが、気にせず羅刹様に集中してください」
「え? あ。はい」
雪女さんって、羅刹様のことが好きな可憐な花のように美しい方だよね。
睨まれると氷のように体が冷たくなるけど、美しさは際立ち思わず見惚れてしまう。
雪女と言うあやかしは、備え持つ美貌で男性を惑わし、雪山に連れて行くんだっけ。それなら、美しいのも頷ける。
呑気なことを妄想していると、羅刹様の部屋までたどり着いた。
「羅刹様、水喜様をお連れしました」
『…………入れ』
あれ、なんか声が沈んでいる気がする。
百々目鬼さんが襖を開けると、中には神妙な表情を浮かべている羅刹様と、その隣には私を静かに睨む雪女さんが正座をしていた。
なんか、すごく重たい空気だ。
もしかして、私。自分が気づかないうちに迷惑でもかけてしまったのだろうか。
びくびくしつつも、百々目鬼さんに促されるがままに羅刹様の前に正座した。
怖がりながら見ていると、羅刹様が急に頭を下げて来た。
「この度は、誠に申し訳なかった」
「え!? な、か、顔を上げてください!」
なぜ急に謝られてしまったのかわからない。
いきなり謝られても困ってしまう。
困惑していると、羅刹様は顔を上げた。
「昨日、大蛇に狙われただろう」
「あっ、昨日のイケメン……」
「イケメンかどうかはわからんが、その時我は何も出来なかった。結局、夜の我が出てくるまではお主に頼って守られてしまった。男としても、これから旦那になる身としても、実に情けない」
そ、そこまで気にしてくれていたんだ。
別に、私が守りたかったから守っただけ。そこまで気にしなくてもいい。
「え、えぇっと。私がやりたくてやったことなので、気にしないでいただけると嬉しいのですが……」
「しかし、我が気にするのだ。だから、リベンジをさせてくれないか?」
「り、リベンジ?」
「あぁ」
な、なんか羅刹様、楽しそう?
「リベンジと言うのは、一体?」
「お主は、どこか行きたい場所。なにかやりたいことはあるか? すべてを叶えてやろう。流石に、昼の我でもそれならできる」
鼻を鳴らして言った羅刹様がものすごく可愛い。
自信満々に言っている、この顔をずっと眺めて痛いという願いは駄目だろうか。
駄目だろうなぁ。でも、他にやりたいことか。
今一番やりたいことは、まず筋トレ。
スポーツジムとか行ってみたい。
それと、高浜家から愛しの妹を救い出す。
だけど、これは私が勝手にやりたいだけで、羅刹様は一切関係ない。
流石に巻き込むわけにはいかないよね。
それなら、自由な時間が欲しいかな。
高浜家の情報は欲しいけど、ここでは周りの目があるから自由に動けないんだよね。
みんなの視線は、一人を除いてすごく優しくて暖かいから無下にもできない。
「それでしたら、森の外に自由に出入りしたいです」
「それなら、側近を付けてやろう。今一番仲がいいのは――……」
「い、いえ。あの、ものすごく言いにくいのですが、一人で行きたいのです」
「…………そうか。だが、すまない。それは駄目だ」
――――え?
驚きすぎて羅刹様を見ると、真っすぐ私を見ていた。
ふざけているわけではない。
でも、なんで?
「すまない。それは、どうしても叶えてやれんのだ」
「な、なんでですか?」
「周りに立ち並ぶ木は、この屋敷を隠すための結界の媒体となっている。その結界は、内側にしか張れていないのだ。だから、森の中に行ってしまえば、結界の外に出てしまい、あやかしや悪霊などに襲われる危険性がある」
「ですが、それだとおかしくないですか? 森の外には小屋とかもありました。その人たちは襲われないのですか?」
夜だったから見えにくかったけど、確か小屋みたいな影はあったはず。
もしかして、人は住んでいないのかな。
「危険なのは森の中だけだ」
「え、そうなんですか?」
「あぁ。森の中にさ迷うあやかしを引き寄せ、森の中に閉じ込めているのだ。まぁ、どれも結界で防げるほどの弱いあやかし達だけれどな。それでも、人間であるお主には危険な場所だ。だから、行かせるわけにはいかぬ。すまない」
そっか。
そういう理由があるのなら仕方がない。
私も、今は絶対に死ぬわけにはいかないし、森の外に出るのは諦めよう。
「わかりました。でしたら、一人で屋敷の周りを散歩するのはいいですか?」
「それなら構わんぞ。だが、なぜ一人に拘るのだ?」
「それは……」
なんて言おう。
嘘は言いたくはないけど、復讐をするために自由な時間が欲しいとは絶対に言えない。
「えぇっと。筋トレは、一人でやった方が思いっきり出来るので……」
苦しすぎる理由だ。
今まで、筋トレは誰の目も気にせずに行ってきたのだ。
今更そんなことを言っても信じてはもらえない。
でも、復讐だけは絶対に隠したい。
復讐するような、残酷な一面を持っている女性だと、思われたくない。
距離を取られたくない。
私がこれ以上何も言わなくなると、羅刹様がぽつりと呟いた。
「わかった」
「え?」
「お主が筋トレを趣味としているのは今まで見てきてわかっておる。今は、慣れない環境で気が滅入るだろう、好きなことくらいは全力でやってほしい」
優しく微笑み、羅刹様が優しい言葉をかけてくれた。
疑っては、いないの?
「では、話しはここで終わりにする。屋敷の外には自由に出入りして構わない。周りの者にも伝えておく」
「わ、わかりました」
これ以上追及される訳にもいかないし、このまま部屋を去ろう。
「失礼します」
「あぁ。なにかあれば何時でも良い、話せよ」
「あ……。は、はい。ありがとうございます」
そのまま襖を開け、廊下に出る。
羅刹様、多分私が誤魔化したことに気づいている。
気づいているのにも関わらず、聞かないでくれた。
かっこいいだけではなく、優しくて、温かい方。
本当にあやかしなのか疑ってしまう。
――――トクン
「ん?」
なんか、胸が痛い?
な、何だろう。
んー、わからないけど、今は水奈を救い出すことを考えよう。
森の外には行ってはいけないと言われてしまったから、屋敷の周りを見て気分転換しながら次の動きを考えよっと。
※
部屋に残った雪女は、羅刹に詰め寄るように顔を乗り出した。
「あの、羅刹様。あの女、何か隠していますよ」
「だろーな」
「だろーなって、わかっていてわざと野放しにしたのですか!?」
雪女は羅刹の反応に驚き、身を乗り出した。
その気迫に羅刹は驚き、「ヒッ」と、小さな悲鳴を上げる。
「雪女さん、羅刹様が驚いておられますよ」
「あっ、すいません」
百々目鬼の言葉に、雪女はすぐに姿勢を整えた。
「ですが、私も雪女さんに同意します。なぜ、自由にさせたのですか? 何かを企んでいる可能性だって十分にあるでしょう」
百々目鬼の質問に、羅刹は腕を組み天井を仰ぎ見た。
数秒の沈黙の後、重い口を開いた。
「あの人間は、信じられると思ったのだ」
「信じられる?」
「あぁ。絶対に、裏切らない。そう思わんか? 百々目鬼」
羅刹に視線を向けられ、百々目鬼は今までの水喜を思い出す。
イケメンには弱く、筋トレが大好きな女性。
羅刹のことは大事にしており、何事にも一生懸命。
まだ、出会って間もないが、色んな意味で濃い女性と言うのは百々目鬼も理解していた。
「――――まぁ、様子見です」
「意気投合しているように見えたがな」
「羅刹様に関してなら意気投合します。ですが、だからといって信じられるかは別です」
「そういうものかぁ?」
「そういうものです」
羅刹は百々目鬼の言いたいことがわからず首を傾げていた。
そんな中、雪女は一人、拳をワナワナと震わせていた。
「羅刹様をたぶらかすなんてっ……」
「何か言ったか、雪女よ」
「何も言っておりません」
「そうか?」
雪女はすぐに男性を惑わすほどに美しい笑みを浮かべたが、羅刹には効かない。
またしても首を傾げ、羅刹は考え込んでしまう。
「…………あの、羅刹様。再度聞きますが、本当に水喜様を一人で行動させるのですか?」
「まさか。一匹、追わせておる」
「え? あー……、なるほど」
百々目鬼は、羅刹が誰を指しているのかすぐにわかり、頷いた。
雪女もすぐにわかり、「あー」と、何とも言えない声を出す。
「何事も無ければ報告は不要とも伝えておる。まだ出会ったばかりだ。これからお互いを知っていけばよい。あやつの心が変わらなければ、今後ずっと、この屋敷に住むことになるのだから」
羅刹の言葉に百々目鬼は頷き、雪女は顔を歪ませた。
「早くこの屋敷から居なくなってほしいわ」
「雪女さん?」
「…………すいませんでした」
雪女は、百々目鬼には逆らえない。
それは、雪女より百々目鬼の方が羅刹と共に居る時間が長いからだ。
それに加え、百々目鬼は雪女の世話係でもあった。
彼女を怒らせてはいけないことは雪女自身が一番わかっている。
二人の上下関係を目の前に、羅刹はやれやれと思うように、笑った。
「――――面白い人間だ。大事にしなくてはな」
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