第10話 秘密
屋敷に向かう水喜の後ろ姿を、羅刹は屋敷の周りに立ち並ぶ桜の木の上で見届けていた。
風で銀髪が揺れる。
視界が遮られ耳にかけ、口元に笑みが浮かばせる。
「あの女、面白いな」
クククッと、口角を上げ楽しげに笑う。
だが、急に楽し気な笑いは消え、眉間に皺を寄せてしまった。
「だが、困ったな……」
呟くと、口元に手を当て考え込む。
「人間の血を飲むは、真実なのだがなぁ……。食う訳ではないから、逆にセーフ、か?」
鬼が人間を喰らうと言う噂は、デマ。
だが、血は吸わないと力は弱まってしまう。
夜の羅刹は、人知れずに人間を襲い血を奪い取っていた。
気づかれてしまえば、昼の羅刹の住み家が危うくなるため、襲った後は記憶を消している。
それでも、そんな噂が立ってしまう。
なんとか隠しているが、それも時間の問題と羅刹は考え込む。
「――――百々目鬼」
「はい」
羅刹が呼ぶと、なにもなかった木の下に百々目鬼が頭を下げ現れた。
「昼の我はまだ、我が人間を襲っているのに気づいておらんな?」
「そのようです。今日も説明する際に、人を襲うことはデマだと言い切っておりました」
「そうか」
なぜ、昼の羅刹は夜の羅刹が人間を襲っているのかを知らないのか。
それは、百々目鬼と他のあやかしが協力して、昼の羅刹には何も伝えていないからだ。
それだけでなく、人を襲う時は、夜の羅刹は内に眠る昼の羅刹の意識を完全に奪い取っている。
映像すら見えなくなるため、その時だけは昼の羅刹は夜の羅刹が何をしているのか把握できない。
そこまでする理由は、単純に昼の羅刹が争いごとが大嫌いだからだ。
夜の羅刹であろうと、自分が人間を襲っていると知れば自分を責め続けてしまう。
もしかしたら、自害も考えてしまうかもしれない。
だから、他のあやかしも協力して隠していた。
だが、噂が遠くの祓い屋まで届いているとなると、話が変わって来る。
もう、隠しきれなくなってきた。
それだけでなく、鬼と言うだけでビビられて人間に酷い目に遭ってきたのに、今以上に酷いことをされてしまうかもしれない。
夜の羅刹は、それで構わない。
人間は、自分を怖がる生き物。
人間は、自分にとって食料。そう考えて来たからだ。
「なにか、お考えですか?」
「…………いや、今は問題ない。人間を任せたぞ」
「任せないで自分で落としていってください」
「ん?」
羅刹が下を見た時には、もう百々目鬼はいなくなっていた。
「…………はぁ」
百々目鬼の言いたいことがわかった羅刹は、深い溜息を吐いた。
「…………まぁ、これから嫁となるらしいからな、ゆっくりと見定めていくか」
そこからは懐から煙管を取り出し、ふかす。
雲が気持ちよさそうに横へと流れ、顔を覗かせる月は煌々と輝いていた。
星が今にも地上に降って来ようとしているような輝きを放ち、羅刹の瞳にも星の光が反射しキラキラと輝いていた。
※
朝陽により目を覚ますと、女中さんが廊下を慌ただしく走り回っている影が見えた。
目を擦り体を起こすと、近くには見覚えのない着物が綺麗に畳まれている。
広げると黒の地に、牡丹の花が咲き誇る柄の着物だった。
「わぁ、綺麗」
呟くと、襖の奥から気配を感じた。
振り向くと同時に、声をかけられる。
『水喜様、百々目鬼です。起きていらっしゃいますか?』
「はい、起きています」
返事をすると、襖がゆっくりと開いた。
百々目鬼さんが顔を髪で隠し、中へと入ると襖を閉める。
あー、美人な顔が髪で隠れている。
悲しい、朝から綺麗な顔を拝めるとと思ったのに……。
「水喜様」
「は、はい」
「今日はお屋敷のご案内をさせていただけたらと思うのですが、お時間よろしかったでしょうか」
あ、そうか。
これからこの屋敷で住むのであれば、屋敷の作りや部屋。どこに何があるのかを把握しなければならない。
だから、百々目鬼さんが私を案内してくれると言ってくれた。
嬉しい、嬉しいけど。私、起きたら必ずやりたい事があるのです。
「あ、あの。その案内の前に私、習慣的に行っていたことがあるのですが、それをやっては駄目ですか?」
「習慣的に行っていたこと?」
「はい!!」
わがままなのは百も承知ですが、一日でもさぼってしまえば、三日の遅れと言われてしまう。
体も衰えてしまう為、一日でもさぼりたくはない。
まぁ、そんなことを思っていても、高浜家では両親がいない時とか、目をかいくぐった時にしか出来なかったんだけど。
私が言うと、百々目鬼さんは「お供します」と、なにも嫌な顔を浮かべずに承諾してくれた。
「それで、一体何を行っているのですか?」
「ふふ。まずは、着換えます!!」
※
これだけは絶対に持っていくと決めていた赤いジャージを着用し、屋敷の外へと出る。
それだけでも百々目鬼さんはなぜか目を丸くし、困惑の表情を浮かべていた。
「あ、あの、水喜様。さっき言っていた習慣的に行っていることって……」
「はい! 筋トレです!」
屋敷の外に出て、森の中に入ろうとすると、百々目鬼さんが慌てて止めて来た。
「あ、あの、筋トレは森の中じゃなければならないのでしょうか? せ、せめて、石畳のあるここで……」
「わかりました……?」
なぜそこまで慌てて私を止めたのだろうか。
わからないけど、私は筋トレが出来れば何でもいいので、深くは聞かない。
涼しい風が頬を撫で、気温もちょうどよく筋トレ日和。
まずは、筋トレの前にストレッチから。
「フン、フン!!」
「…………」
百々目鬼さんからの視線を感じる。
百々目鬼さんだけじゃなくて、他のあやかしさんからの視線も……。
で、でも、私は負けない。
私は筋トレをして、ゴリラ並みの筋力を手に入れて妹を救うのだぁぁぁぁああ!!
「何をしているんだ?」
「羅刹様!!」
っ、羅刹様だって!?
百々目鬼さんの声で反射的に振り向いてしまった。
そこには、困り果てたような顔を浮かべている羅刹様の姿があった。
「水喜よ、何をしているのだ?」
「今は、筋トレ前のストレッチですよ! この後は腕立て、腹筋をして、筋肉を付けていきます」
素直に言うと、羅刹様は目を丸くしてしまった。
「え、えぇっと。もう、お主は自分で自分を守らなくても良いのだぞ?」
「え?」
そ、それって、どういう意味?
「人間は、我らあやかしが絶対に守り通す。だから、無理に鍛える必要はないぞ」
キュン。
胸が思わず締め付けられてしまった。
あんな、背景にバラの花びらを咲きほこらせているようなお姿で、そんなことを言わないでください!! 私の目が潰れます!!
「い、いえ。自分の身は自分で守ります。それに、私には愛しの妹がいるのです」
「妹? 水奈という、人間にしては力が強い小娘か?」
「え? 知っているんですか?」
まさか、婚約相手の家を調べた時に偶然知った、とか?
「あぁ。一度会いに来たからな」
「え? 水奈が羅刹様に? な、なぜ?」
「…………秘密だと言われたから……」
「ひ、秘密? な、なぜ?」
「理由はわからん。だが、話すなと言われたから言えん。すまない」
あっ、眉を下げてしまった。
そ、そんな悲しい顔を浮かべないでください。
私、特に怒っていないので。
それより、隣にいる百々目鬼さんの深いため息の方が気になります。
「羅刹様、なぜそこは言うのですか……」
「会ったことは口止めされておらん」
「忘れてた。羅刹様のこのど天然を」
ど、ど天然だと!?
日本三大妖怪の一人で、あやかしを束ねる主。そんな方が、ど天然?
なに、この、ものすごく美味しいシチュエーション。
ものすごく美味しいのだけれど!?
ポカンとしていると、羅刹様と目が合った。
「…………ゴホン。それで、妹がいるから鍛えているのか?」
「はい」
「なぜだ?」
「なぜ……。そ、それは……」
流石に、妹を救い出すために復讐を企んでいるとは、言えない。
私が言いあぐねていると、羅刹様が急に慌て始めてしまった。
「い、いや。無理やり聞き出したいわけではない。困らせてすまない」
「い、いえ。こちらこそすいませんでした」
び、微妙な空気の沈黙。
気まずい……。
「――――羅刹様、今日は何かこの後ご用事はございますか?」
百々目鬼さんがこの気まずい空気を壊してくれた。
ありがたい、ありがとうございます。
「いや、今日は特に何もないぞ。少し仕事を進めようと思っていたところだ」
「でしたら、今日は羅刹様のお気に居場所でお話ししてはいかがですか? 逢瀬もしないといけませんし!!」
は、鼻息が荒いですよ、百々目鬼さん。
凄く興奮しているのがわかります。
「お、逢瀬はともかく。確かに、あそこはゆっくりとお話しするにはいい場所だ」
「ふむ」と、羅刹様が私を見る。
「時間を貰えるか?」
「は、はい!!」
あっ、反射的に返事をしてしまったけど、筋トレ……。
「では、行こうか」
手を差し出し、満面な笑みを浮かべる羅刹様に、私は「筋トレがしたいです」と、言えませんでした。
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