性格は顔に出るんだよな
小早川さんと別れた後は食後の一服をするべく、校内のスモーキングスペースへと向かった。
屋外のスペースには既に数人がいて、皆が無言でタバコを吸っている。学生でタバコを吸う人の割合はそこまで多くはない。タバコは金がかかる。この場所はいつも静かで良かった。授業と授業の合間のガヤガヤとした喧騒もこの場所ならいつも静かだ。
薄ぺったいリュックに入っているタバコとライターを取り出してタバコを咥える。というかリュックにはあと財布しか入っていない。ダメな学生の典型と言えるだろう。そんな自分に少し引いた。
火を付けて数回吸うと途端にタバコの先端は赤く灯った。タバコの煙を口に含み、肺まで落とす。鼻からその煙を吐き出す。緊張が緩み、体の中からじわりと溶ける感じ。良い。至福の時。
こういうリラックス状態の時は、良い記憶が頭を巡るんだよな。思い出すのは先ほどの昼飯。
何か……充実した昼飯だったなぁ。
タバコを吸って、ふうと大げさに深く煙を吐いた。
小早川さん、良い子なんだよな。可愛いしな。やっぱり性格は顔に出るってね。
再び煙を吸い、吐き出す。その時、四限のチャイムが鳴ったが俺には関係無い。今日は(も)講義は1つもないからだ。
食堂のメニューはそこまで興味は無いし、サークルの活動もほどほどで良い。でも小早川さんは良い子だ。彼女に次に会えるのはまたサークル活動の時だろうか。そうだよな。俺達は学年が違うし、接点はサークル活動しかない。そう言えば小早川さんの学部は何学部だろう。同じ学部だったらいろいろアドバイスができるな。教科書も貸せるし。
「おい、大輔」
ハッとして声のした方を振り向くと、同じサークルだった杉本がいた。真新しい黒のスーツを着ている。絶賛就活中だ。しかもこいつ、明るい茶髪だったのに就活の為に髪を黒く染めてやがる。就活時の最低限のマナーを守ったらしい。
振った元彼女も「玄関の前でうずくまって待ち伏せされると可愛いく思えるよね」などと発言する勝ち組陽キャの杉本。
そんな杉本が就活ではきちんと真面目な身なりをすることが、意外というか案外普通の人間だったんだなとどこかがっかりした。
「まだ3年生とか羨ましいわ」
「うるせぇよ」
黒髪の見慣れない杉本は黒のビジネス鞄から電子タバコを取り出した。
「彼女?」
「は?」
電子タバコを咥え、息を吐くと杉本の口からはふぅと白い煙が見えた。俺のタバコとは違う変な甘ったるい香りがする。
「一緒にいたじゃん。眼鏡の」
食堂で小早川さんといたところを見られていたのか。全く気付かなかった。
新しいサークルに入ったことを知られるのは気恥ずかしい気がする。何て答えたら良いのかしばらく言葉が出なかった。
「……俺さ、ちゃんと辞められてる?」
とっさに出た言葉がこれだった。
退部を告げ、逃げるようにして部室を出たのでその後のことがわからなかった。退部できたのかどうか確認はしておきたい。小早川さんについては可能な限り答えないでおこう。
杉本は俺の方を見ずに、ふうと煙を吐き出した。
「……会計が別のヤツになってたな」
電子タバコのボタンを押しながら息を吸い、煙を吐いた。杉本の出した煙はすぐさま消え、甘ったるい香りが俺の鼻をついた。
俺と杉本はしばらく黙ってタバコを吸ったり吐いたりを繰り返した。
スーツを着てひと言もしゃべらない黒髪の杉本は全く見慣れない。どこかの怪しい店の店員みたいだ。
ただ、新調したであろう真新しいスーツ姿の杉本は合皮の黒い靴に黒のビジネス鞄を持ち、青いネクタイを締めている。しっかり上から下まで就活スタイルだ。
そんな杉本といつもの普段着を着て薄ぺったいリュックを持っている俺とでは目に見える形でも格差ができた。
自分が一年置いてけぼりを食らったのだと再認識をさせられた。俺は留年をしたんだ。その事実に胸に小さな針が刺さったようにちくりと痛い。
勝ち組陽キャの杉本は、きっと就活でもすんなりとそれなりの企業に内定をもらい、そつなくこなすんだろうな。やっぱり勝ち組陽キャは勝ち組陽キャなんだ。俺とは違う。
「……別に辞めなくても良いんじゃねぇのって思ったけど、俺が同じ立場でも微妙かもな。必修とり忘れて留年とか馬鹿すぎだもんな。周りのヤツらに言いふらしておくわ」
口の端をにっと上げて笑った顔が実に下品で、やっぱりいつもの杉本なんだなと思った。髪を黒く染めてても、真新しいスーツを着ていてもこいつの俗物さは消えないものだな。人事の皆さん、どうか杉本の本質を見抜き一次面接で落として下さい。
「で、学食で一緒にいた子は彼女なのかよ」
杉本よ、お前には何も話すことはなにも無い。
女子と2人でいる姿を見て彼女かどうかを聞いてくるとは、実に短絡的な思考力だ。原始的でくだらない。お前の頭の中は常に男女の仲の妄想で満ちていれば良い。バカめが。
杉本へは思わせぶりな態度をとることに今、決めた。
俺は黙ってタバコを吸ったり吐いたりを繰り返し、何も言わずにいた。
「ゼミで一緒とか? まさかサークル辞めた理由がその子とか?」
勝手に小早川さんと俺の仲を想像して身悶えるが良い。お前の元彼女よりもずっと可愛くて性格も良い子だぞ。
俺は何も言わずにふいににやりと笑って、灰皿スタンドに吸っていたタバコを押し付けた。
「……マジかよ。留年して良かったじゃん。とりあえずタバコはしばらく禁煙しといた方が良いぞ。女子ウケ最悪だし」
ついでに俺はポッケに入れているスマホを取り出し画面を見て
「あ……じゃあ行くわ」
再びポッケにスマホを戻した。通知も何も来てないが、誰かから連絡が来た風を装ってみた。これで俺も陽キャっぽい動きに見えるだろうか。お前は面接対策にでもうなされてろ、杉本ざまあ。
「たばこはやめとけよ!」
背中から聞こえる杉本の声に振り返りスマホを持った手を振ると、俺は真っ直ぐに歩いた。予定は何も無いがとりあえずカフェテリアを目指すか。
風が木々の枝を揺らすと急に虚しさが襲った。
俺、何やってんだろ……。
小早川さんは彼女でも何でもないし、俺はしょぼい理由で留年をしている。勝ち負けで言ったら完全に杉本に負けている。
俺はどっと疲れが出たのか体が重くなり、側にあったベンチに座った。すると手にしていたスマホがかすかに震えた。
『今日はありがとうございました。四年生の先輩方が歓迎会をしたいそうです。都合の良い日はありますか?』
小早川さんからの連絡だった。
※あとがき※
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次回、歓迎会は先輩の家に行きます。
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