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あなたと食べたい学食で〜食べて悩んで味わって、あるのは恋か幻覚か〜  作者: 汐見かわ
9章 帝東大学_蘇芳門ラーメン(攻撃力が半端ない)
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またかよ


 白い壁と床に囲まれていた食堂から外に出ると、先ほどの銀杏並木の黄色がやけに鮮やかに目に映った。

 空気も冷んやりとして気持ちが良い。俺は腕を伸ばして伸びをした。食堂が地下にあると窓が無くて少し窮屈に感じるな。

 大学構内は近隣の住民も自由に入れるようで犬の散歩をしている人もいる。のどかな大学の風景。良いねぇ……散歩でもしたい気分だ。

 

耀子(ようこ)


 その時、ふいに後ろから声をかけられ、全員が後ろを向いた。


「耀子。どうしてここに」


 白衣を着た長身の男が立っていた。白衣の下には医療従事者が良く着ているイメージの上下同じ紺色のユニフォームを着ている。黒髪をオールバックにしてきちっとした印象の男だった。

 耀子って……美魔女の下の名前……だよな?

 白衣の男は俺達より少し年上か同い年くらいか。そのわりには落ち着いた雰囲気だった。もしかして美魔女の彼氏? 美魔女って人並みに恋愛とかできるのかと一瞬驚いたが、男の顔はどことなく誰かに似ている気もする。誰だ?


「兄さん……」


 兄だと?

 全員が美魔女に振り返った。

 誰かに似ているなと思ったのは美魔女だったか。言われてみれば目元がそっくりだ。

 美魔女とその兄はお互いに何か話しかけるでもなく、にこりともせず。兄の妹を見る視線は射るように冷たい。この異様な雰囲気は嫌な予感がする。たぶん兄妹仲悪いんじゃ……。


「耀子、こんなところに何の用だ。またおかしな格好をして、さっさと帰れ」


 やっぱり。空気がいっそう冷たくなった気がした。

 俺達は一体どうすれば良いのか。このまま二人のやり取りが終わるまで見守るしか無いのか? 「じゃあ行きましょう」って美魔女に話しかけられる雰囲気でもない。そんなことよりこの兄、怖いよ。何か怒ってるよ。


「ここには決別に来たの。母さんから聞いてるかもしれないけど、私就職決まったから。もう過去には囚われないから」


 美魔女は真っ直ぐに兄の顔を見据えている。

 俺にはこの二人にどんな事情があるのかわからないが、兄と妹がお互いに見つめるピリピリとした視線に胃が痛くなりそうだ。


「だから何だ。俺と父に近付くなと言ってたはずだ。邪魔をするな、さっさと帰れ二度と来るな。美波里(ひばり)家の落ちこぼれめ」


 美魔女兄はそれだけ言って、俺達の横を通り過ぎようとした。この人、何で家族に向かってそんなこと言えるの。俺だって留年が決まった時は母親からは多少冷たくされたが、ここまで言われたことはないぞ。何この人、ヤバい人なんじゃないの? マジで怖っ。


「家族に向かってそれは無いんじゃないですか?」


 自分の心の声がダダ漏れだったかと、俺はとっさに手で自分の口を抑えた。って俺じゃないな……この声は小早川さんだ。

 小早川さんは強張った表情で兄を睨んでいた。

 こんな怖いお兄さん相手にダメだって! ここは無難に大人しくしてようよ!

 俺は美魔女兄と小早川さんを交互に見て、ただおろおろとするだけだった。我ながら情けない。

 

「美波里先輩は、あなたに言われた言葉が頭から離れないんですよ。深く傷付いてるんです。家族に向かってそんな風に言うなんてあんまりです」


 小早川さんの声は震えている。

 そりゃ怖いよな。この目の前にいる人、普通じゃないし。


「……鷹田(たかだ)の学生か。人の家の事情も知らないで口を出すなんてとんだ礼儀知らずな学生だな」


 兄は深いため息をついて、白衣のポッケに手を入れた。態度が悪すぎやしないか? 感じ悪っ!


「耀子の父も祖父も曽祖父も叔父も一族は全員医者の家系。三年も浪人してその上、帝東大でもない他の医学部にすら入れなかった。医師にあらずんば人にあらず。そういう家系だ」

「……全然わかりません」

「理解してもらおうなどとは思ってはいない。鷹田の学生は周りにいないが、自由独立の精神を履き違えている。君達もどうせ帝東大を目指してダメだったクチだろう。全く努力が足りていない。情けないことだ」

「ひゃべっ!」


 俺の後ろにいた高峰がおかしな声を出して突然膝から崩れ落ちた。


「た、高峰!?」

「高峰君!」


 高峰に慌てて駆け寄ると、高峰は鼻から血を出していた。またかよ!

 しかし何で急に……高峰はもしかして帝東大目指して残念だった人? 思いっきり図星だったからショックを受けたわけ?


「ある程度親から期待されていただろうが、君達は鷹田止まり。親もさぞかし無念だったろう。それを胸に、極狭い君達の人間関係の中で君達のできる些細でみみっちい努力をして日々精進したまえよ」


 白衣の兄は軽蔑するような目で俺達を見渡した。美魔女は何も言わずにじっと黙ったままだ。

 言っていることがよくわからないが、一番何かに囚われているのはこいつなんじゃないのか?


「その格好、あんた医師……ってことですよね?」

 

 思わず声が口から漏れていた。こんなやべー奴と関わるつもりはない。つもりはないが、言われっ放しはどうしても許せない気がした。

 

「そうだ」

「他人にそんなことを平気で言える人が患者に寄り添うなんてできるんですか? 俺ははっきり言って嫌ですね」

「できようができまいが、本当に困っていたら患者の方から来るしかない。嫌ってもらってけっこう。俺の人生に君は一切関係ない。金輪際、関わることも無いだろう。もし患者として診ることがあっても記憶から抹消しているのでその時は覚えてもいないだろう」


 何だろう。面と向かって言われているが、ムカつくとかそういう気にならないな。サイボーグと話してる感じだ。

 それに見てみろ、こいつ自分が相手に対して最高に失礼な事を言ってるって自覚が無さそうだ。自分が言った言葉に対して何とも思っていない顔をしてる。言葉が通じないってのはこういうことを言うのか。

 こんな化け物みたいな兄がいる家庭で育つってどんな環境だ。家族全員がこんなんだったら発狂するよな。美魔女も美魔女でかなり苦労があったんだろう。

 高峰の鼻血が止まったのを見届けて、俺は立ち上がった。

 この兄に話が通じるとは思っていないが、ひと言言ってやりたい気がした。背中に小石を投げつけるのでも良い。痛くも痒くも無くて良い。けど、何かを当ててやりたい気分だ。

 

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