ここは大学の学食だが
美魔女も美魔女でやたらと目立つ格好をしているので一緒にいるのにやや抵抗がある。周りにいる人からチラチラと見られている気がする。落ち着かない。高峰は普通の感覚ではないだろうから良いとして、小早川さんは何とも思って無いのだろうか。彼女、何気にメンタル強そうなんだよなぁ。
美魔女について行くかたちで見事な銀杏並木を抜け、歴史的建造物っぽい雰囲気を醸し出している講堂の下に学生食堂はあった。
石造りの階段を下りると上にあるレンガ造りの重厚な建物とは違い、真新しい白い空間が広がっていた。白色の壁や床、柱に囲まれる中、柔らかい木目調のテーブルが並んでいる。シンプルな造りだった。
「真新しい感じがしますね。床も綺麗ですし」
「ここは少し前に改装したのよね」
学生が使う時間帯を避けている為、食堂内に人の姿はまばらだ。
「今日はここでラーメンを食べるわよ。全員、蘇芳門ラーメンの食券を買うように」
食券機で食券を購入し、各々が配膳のレーンからラーメンを受け取った。受け取った人から美魔女が座っているテーブルへと着席する。俺は美魔女の隣りで小早川さんと向き合って座った。小早川さんの隣りが高峰だ。
「サークルの活動は自分の食べたい物は好きに食べられないのですね」
「その時にいるメンバーで評価をしてその平均値を出しているのよ。それをサイトに載せているの」
「そうですか」
「みんなで食べるメニューの他に別のメニューもプラスして食べても良いのよ。足りなさそうな場合とか。未島君は時々そうしてるわね」
「そうですか」
ごく普通の会話をしているのだが、なぜだろう。美魔女と高峰のやり取りにハラハラしてしまう。
「さて、では頂きましょう。今日も食堂のマスターとミューズに感謝を」
「マスターとミューズとは何ですか?」
そこ、いちいち聞くんだ……せっかく食べようとしているところを止めたから美魔女に怒られるだろうな。ここで美魔女の洗礼を受けるわけだ。いや、門の前で鼻血を出した時に既に洗礼は受けたと言えるのか?
少しの沈黙の後、美魔女がラーメンに向けていた視線を高峰に向けた。そして不敵に微笑んだ。相変わらず変な凄みがあって怖えよ……。
「……マスターとミューズとは食堂を切り盛りしている方々のことよ。あの方達がいなければ学生は食事にありつけないわ。唯一無二の存在。食堂の音楽とそこに生まれる物語を奏でる演奏者であり演者。そして熱いパッション。お昼のほんの数時間にかける想い。洗練されたフットワーク、匠の技。私は心からの感謝と尊敬を込めて食堂で働く方々をマスターとミューズと呼んでいるの」
美魔女はおもむろに立ち上がり、手振り身振りを使って大袈裟に言った。そして静かに座った。
高峰を見るとやはり無表情で何を考えているのかさっぱりわからなかった。
「なるほど。主人と女神ってことですね。わかりました」
いや、わからん。全然わからん。今のは全く説明になってないだろ。なるほどと思えるポイントはひとつも無かったぞ。よくわからんそれらしい言葉から瞬時に判断して理解したってことか? んなバカな。
「今の説明でわかった? 小早川さん?」
向かいにいる小早川さんに意見を求めてみたが、特に何も言わずににこにこと微笑んでいる。あ、この人もわかってないクチだ。これはよくわからないが、とりあえず否定もせずに受け流しておこうって表情だな。良かった、美魔女の言ってることが理解できていないのは俺だけでは無かった。
美魔女の言っていることを理解できてしまった時はそれこそ、そちら側の人間になったということだろう。それは褒められたことではない……ような気もする。
「さて、冷めてしまう前に頂きましょう。では帝東大学の食堂のマスターとミューズに感謝を」
「いただきます」
小早川さんと美魔女は手を合わせ、恭しくお辞儀をした。俺も手を合わせた。高峰は他の人の様子を見てから俺と同じように手を合わせた。
「カレーのような香りだわ。珍しいわね」
「とろみもありますね。餡かけでしょうか?」
まず蘇芳門ラーメンの見た目だが、赤色に少し黄色の入ったとろみのある餡が麺に乗せられている。カレーの香りがしているので、黄色はカレーで使われているようなスパイスが使われているのだろう。
「ターメリックかしら?」
「この黄色みがあるのはそうかもしれないですね。赤色は……何でしょう」
小早川さんは箸で麺をつかむと、口に入れた。
目をつぶりゆっくりと噛みしめている。
ふいに、辺りがざわつきはじめたと思った。思ったと同時に、小早川さんは何故か伝統民族衣装のようなものをまとい、川で沐浴をしている人々を遠くの建物の柱から眺めている。着ている衣装はサリーのようだ。え、一体何が起こった? 俺は幻覚が見えているのか? ここはどこ?
「カレー味なのかしら。学食ではとても珍しいわね」
美魔女がラーメンをすする。
すると、サリーを着て柱の影から川の方を見つめている小早川さんの視線の先、川の流心に人の姿が見えた。




