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あなたと食べたい学食で〜食べて悩んで味わって、あるのは恋か幻覚か〜  作者: 汐見かわ
9章 帝東大学_蘇芳門ラーメン(攻撃力が半端ない)
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チキンカス留年野郎なの?

 

 俺ってチキンカス留年野郎なんだろうか。

 まぁ、留年野郎は完全に納得するがチキンカスは酷過ぎるだろ。人にそんな言葉を吐き出せる杉本こそ本物のカスだなと思う。本当に最低な野郎だ。

 前方のスクリーンに映されている文字の羅列をぼんやりと眺めながらそんなことを思っていた。


『……企業が社会で存続するための最低限の義務でありこれを怠れば、株主の信頼は崩れ、顧客の支持は失われ、従業員さえも路頭に迷うことになります。過去の不祥事を見てもわかるように――』

 

 俺は今、去年履修しなければならなかったビジネス法入門の授業に出ている。基礎科目なので周りはほとんど1年生か2年生だろう。

 教授がくどくどとながったらしい話をしているが、隣りにいるカップルらしき学生が気になって授業どころではない。この男女2人はずっと手を握り合い、時おりお互いに見つめ合っては照れたのかふいに二人で示し合わせたように下を向くのだ。

 ウザい。本当にウザい。ウザいし見ているこっちも恥ずかしい。さすがの俺でも公衆の面前でいちゃついたりはしないぞ。ああ、羨ましい。

 こんなヤツらはどうでも良いとして、授業に集中しなければ……楽単(らくたん※)とは言え、レポート必須だからな。


「――留年とかさ」


 カップルの会話が聞こえてきた。ドキリとした。

 まさか俺の事? 俺の話をしている? 何で人の単位のことがわかるんだよ。

 自然とカップルの会話に聞き耳を立ててしまう。


「早めに単位取っとかないとさ」

「そうだね。あれじゃ仙人だよねぇ」

「留年生の成れの果てか……」


 カップルの視線の先、二列前の一番右端の席に明らかに異質な風貌の男が座っていた。髪はロン毛でぼさぼさ、髭が顔の下半分を覆っている。ベージュ色の薄汚れているのかよくわからないよれよれのロングTシャツを着て参考書5、6冊が男の前に山積みになっていた。

 とりあえずカップルは俺の話をしているわけではないらしい。

 しかし、この怪しい風貌の男、噂で聞いたことがあるな。何年大学に在籍しているかわからないが11年生がいるらしいと。大学は8年間まで在籍できるが、11年生って意味がわからん。恐らく噂が噂を呼んで、それらしい怪しい風貌の人物に勝手にストーリーが付けられているだけだろう。明らかに特異な人物はこうやって話題に上がる。大学とはそういう場所だ。自分だって大した人物でも何でもないのに自分の事は棚に上げてこうやって他人を見下すのが学生の特徴だ。


「留年仙人、何か勉強熱心っぽいよね」

「ずっと何か書いてるもんねぇ」


 留年仙人という微妙に上手いあだ名に吹き出しそうになったが、そこは何とか堪えた。


「私、留年する人とかホント無理。まして彼氏とか絶対に無理」

「え、見た目が無理なんじゃなくて?」

「仙人は見た目も無理だけど、留年って普通しないよ、あり得ないよ」


 女の言葉に俺も刃物で頭を刺されたようなダメージを受けた。


「だって学費払ってるのは親でしょ? だらしないって言うか」

「仙人は自分で学費払ってるのかも。あんなに参考書を持ち込んでさ。何か知らないけど熱心だしさ」

「自分で学費払うような人が留年なんてするわけないじゃん。留年なんて普通しないよ」

「まぁ、そうだよねぇ」


 留年なんて普通しない……カップルの言葉に何にも言い返せない。もうこれ以上、隣りのやつらの会話に聞き耳を立てるのはやめよう。しばらく忘れていた自分の中で底に沈んでいた気持ちに向き合ってしまう。


『――こんな事例もインサイダーですね。キリが良いので今日はここまで。次回はその次の章から。はい、終了』


 学生達が一斉に立ち上がり、ぞろぞろと教室から出て行った。留年仙人の姿はもう見えなかった。隣りにいるカップルも立ち上がり教室の扉の方に行った。俺は出遅れた為にもたもたと筆記用具や教科書類を片付けた。


『留年する人とかホント無理』


 女の言葉が頭の中に浮かんだ。

 大多数の人はそう思うだろうな。俺の周りに留年した人はいないし。普通はしないよな。

 俺は他の生徒より少し遅れて教室から出た。今日は学食にでも行って昼飯を食おうと思っていたが、その気は失せた。このまま帰ろう。

 やっぱり杉本に言われた「チキンカス留年野郎」はその通りかもしれない。俺から連絡をするわけでも無く、積極的に接点を持とうとしていないところとか。小早川さんへの気持ちを自覚してから彼女との仲を何も進展させていないし。あとやっぱり留年なんてしている男は普通にダメだろうな。小早川さんはきちっとしていそうだし、俺は彼女からだらしのない人だと思われているだろう。


『留年する人とかホント無理』


 あのカップルの女がそう思うってことは、大多数の人の意見だろう。やっぱり小早川さんに告白するのはやめておこうかな。自分の気持ちを言うだけ言うってただの自己満足だし、困惑するし迷惑だろう。お互いの関係が崩れるくらいなら、このまま何もしないで過ごした方が楽しく過ごせるかもしれない。

 そんなネガティブなことを考えてとぼとぼと建物の外を目指し歩いていた。目につく男女2人でいるやつらは何だかチャラついて見えるな。楽しそうにしてんじゃねぇよ。さっさと次の講義に行けってんだよ。

 エントランスを出て、門の方に向かって歩いていた時だった。前方に小早川さんがいた。遠くからでもわかったのはやはり彼女の姿はすぐに判別がついたから。その他大勢の中に混ざってはいても、小早川さんだけが目立つ気がした。無意識のうちに探していて小早川さんセンサーだけ発達しているんじゃないかとさえ思う。

 それが人を好きになるってことだよな。辛い。

 小早川さんに挨拶しようかなと思った時、後ろから走って来た男が小早川さんの横に並んだ。


「え、誰あいつ……」


 カマキリみたいな顔をした男だった。

 カマキリと小早川さんは少し立ち話をして、男はすぐ側の建物に入って行った。小早川さんはそのカマキリ男に手を振っていた。

 俺はその日家にどうやって帰って来たのか記憶が無い。

 

※楽単……楽に取れる単位のこと。

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