二度とくんな
「な、何だ? 爆発か」
「よくやった! ヘビメタフェス!」
ちょうど良いタイミングで隣りの教室でヘビメタのフェスが始まったらしい。ナイスタイミング!
床から響くような重低音が絶え間なくリズムを刻んでいる。
あまりの爆音に驚いた杉本はスマホを床に落とした。これはチャンスとばかりに、とっさにスマホを拾い杉本を教室の外へと誘導する。
「おい、スマホ返せよ」
「おら、とっとと帰れ。お前はここに来ては良い人間ではない」
爆音が鳴り響く中、スマホを片手に教室の外に出ると杉本ものこのこと教室から出てきた。
外へ出ると爆音はピタリと止んだ。ヘビメタフェスは音を出したり出さなかったりしている。どうやらフェスはまだ本番ではないらしい。楽器のチューニング中のようだ。
「せっかく連絡先交換しようと思ったのに。タイミング悪ぅ。茉依ちゃん、彼女じゃないな。騙されたわ。ただの大輔のお気に入りだろ。可愛いもんな」
「…………」
手にしているスマホをそっと床に置き、スマホの角に足のつま先をちょこんと乗せた。
「止めろって汚えな。お前、茉依ちゃんと何にも進展ないだろ。このチキンカス留年野郎」
「…………」
悲鳴のようなギター音が隣りの部屋から鳴り響いた。そしてまた音は止んだ。
俺は杉本のスマホの角に乗せていたつま先をスマホの画面半分まで乗せた。
「おい、止めろって。いや、ごめんなさい。やり過ぎました。すみません。調子に乗りました」
「チッ……」
つま先でスマホを軽く蹴ると、スマホは杉本の足下まで床を滑って行った。
「蹴るとか酷過ぎ。この乱暴者、留年生。お邪魔みたいだからもう帰るよ。茉依ちゃん地味だけど、目立つからお前みたいなチキンカス留年野郎がグダグダしてると知らねぇからな。せいぜい頑張れよ」
杉本はスマホを拾うとついたほこりを払い、後ろを振り返ることなくダラダラと帰って行った。悪霊退散。良かった。二度と小早川さんに近付くなよ。
「あの……大丈夫ですか?」
教室の扉を恐る恐る開けて小早川さんが顔を出した。
「お隣りのフェスも始まったみたいですね。すごい音にビックリしました」
「うん、何かごめんね。杉本ウザかったでしょ? あいついつもあんな感じで馴れ馴れしいんだよ」
教室の中へと戻り、扉を閉めた。
ヘビメタフェスの爆音が少しでも軽減できると良いなと無意識に思ったのかもしれないし、扉は開けたら閉めるもの……と身に染み付いている生活習慣のせいかもしれないし、とにかく扉を閉めることに深い意味は無かった。
「いやぁ、ホントごめん。人との距離感がおかしいんだ、あいつ……」
「…………」
扉を閉めたことで急に教室の中は静かになった。教室には俺と小早川さん以外誰もいない。そう意識をすると急にこの2人きりの状況に緊張してきた。俺が扉を閉めたもんだから、俺が2人きりの状況をあえて作ったみたいじゃないか。
「す、すごい押しの強い人ですね。少しビックリしました。でもあれくらいじゃないとやっぱり商社とか人気の業種には内定はもらえないんでしょうか」
「いや、俺まだ就活してないからよくわからないけどさ。あ、いや、合同説明会には行ったかもしれない。何か昔のことで思い出せないな……はは」
何か緊張して、自分でも何を言っているかよくわからなくなってきた。
「就活とかもう考えただけで気分が滅入るっていうか。ああいうチャラついた男に内定出す会社なんて俺から言わせてみれば節穴って言うか、どこを評価したんだって逆に質問したいくらいだよ」
2人だけの教室はやけに声が響く気がして、空回りしている冷たい空気感が教室全体を包んでいる……気がする。
「杉本、あいつ自身は別に熱血でも体育会系でも何でも無いのに、商社は体育会系だからどうしようって言っててさ。それはもう慣れろよとしか言えないよね。せっかく就職決まったんだし、行きたくても行けない人の方が多いんだしさ、腹をくくれっての」
杉本の話なんかしたくもないのに、何でペラペラと杉本の事ばかり口から出てくるんだ。小早川さんと杉本の話なんてしたくない。
止まれ! いい加減に止まれ! 俺の口!
『あの!』
俺と小早川さんの声が重なった。
「あ、どうぞ」
「い、いえ……今井先輩からどうぞ」
杉本ばかりのことをペラペラと口に出す俺自身の流れを変えたくてちょっと大きな声を出してみた。すると小早川さんも何かを言いたかったらしく2人の声が重なってしまった。気まずい。
「えっと……何を言うか本気で忘れちゃったよ……」
「え、そうなんですか?」
「うん、そうなんです。小早川さん、何か言いかけてたよね。先、どうぞ」
「え、は、はい……」
小早川さんは少し伏し目がちに黙ってしまった。え、そんなに言いにくいこと? 俺はまさか自分のズボンのチャックが開いているのではないかと心配になり、自分の股の辺りを見たが大丈夫だった。
「その……杉本さんってそんなに危険な人なんですか? 私、そういうの見た目からでは全然わからなくて」
「そ、そうだね。あいつはまぁ危険だよ。危険かな?」
「今井先輩がその……私が連絡先を聞かれていた時に何でそんなに必死になって阻止しているのかなと」
「え」
心臓がドキリとした。大きく脈打った。
小早川さんが真っ直ぐに俺を見つめている。何かを聞きたそうに澄んだ瞳が俺をじっととらえている。
何でそんなに必死かと言えば、もちろん好きな女の子が他の男と連絡先交換しているのは見ていて不快だから。ましてその相手が杉本だったし。
この気持ちを今、伝えたら彼女は驚くだろうか。
俺は早く気持ちを伝えて楽になりたい。楽になりたいが、小早川さんとの関係や、未島達との関係も終わってしまうんじゃないかと不安もある。振られたらこのサークルにはいられないだろう。そういうのを何組も見て来た。でも、やっぱりずっと心の中に想いを閉じ込めているのはモヤモヤするし辛い。早くすっきりしたい気持ちもある。
「それは……」
今、教室は扉が閉まっていてこの場には小早川さんと俺しかいない。言うなら今がチャンスだ。隣りのヘビメタフェスもさっきからずっと静かだ。今しかない。この学園祭で俺の物語をスタートさせるんだ。
ひとつ深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。よし、伝える心の準備は整った。
「それは……俺がこ――」
「今、帰ったわよ! 私のソウルメイト達ぃ!」
勢い良く教室の扉が開き、美魔女と未島が帰って来た。
俺の言いかけた言葉はこの時に完全に美魔女によってかき消された。もう粉々だ。
「チラシは今日の分は全部配って来たし、お隣りはまだ演奏順番で揉めてるわよぉ、やったわ」
「ひゅひゅひゅ、学食にいた外部の人達にも我々の活動が知られたことでしょうな。チラシもしっかり配らせて頂きましたし」
小早川さんはにっこにこのご機嫌で帰って来た2人に近寄った。もう俺のことを見つめていない。どことなくさっきのことは無かったことにしているように見えなくもない。
「おかえりなさい。こちらもお客さんはまずまずの入りでした。これ、カウントしてたんですけど……」
「あらぁ気がきくわね。さすがよ茉依。どれどれ……」
未島と美魔女がいたんじゃ、もう告白なんてできる雰囲気じゃない。
もう良いや……とりあえず学園祭中はもう良い。きっと神様も今じゃないと言っているんだろう。今じゃないと。
隣りの教室のヘビメタフェスはずっと演奏順で揉めていたらしく、翌日に何曲か演奏しただけで終了した。
学園祭は滞りなく無事に終了し、俺と小早川さんは特に個人的に何の連絡もし合うことなく秋は深まっていった。
【学園祭 屋台フード等】
名称、2
値段、1
味、1
見た目、2
ボリューム、1
大輔的所感▶︎お祭り雰囲気価格。衛生面が気になる。杉本はコミュ力が高いというより強引なだけな気がする。それがコミュ力ってヤツなのか?




