二人きり万歳
10時になり文化祭が始まった。
俺達は開場の30分前には部屋の飾り付けを終え、美魔女と未島はチラシを配りに行くとのことで教室から出て行った。
教室に残されたのは俺と小早川さんの2人のみ。教室の前の方の扉の近くに置いたテーブルに2人で座っていた。
「どれくらい人、来るんでしょうか?」
「学祭自体は毎年入場制限するくらい人が来てたと思うよ。OBとか学生の家族も来るし受験を考えてる学生も来るし。本当に祭りって感じ。後で時間あったら見て回ったら良いよ」
一緒に見て回らない? と言えば良かったか。迂闊だった。誘うって発想が出てこなかった。くそう。
しばらくすると廊下に人がちらほらと見え始めた。パンフレットを片手にうろうろしている。俺達のいる教室の前は素通りだった。
「これ、廊下側には何にも貼ってないけど、何か貼った方が良いんじゃないか? ここの教室で何をやってるかさっぱりわからなくない?」
「確かに! チラシが余ってるのでとりあえずチラシを何枚か貼りましょうか」
小早川さんはテーブルの上に置いてあった実行委員会が印刷したチラシを何枚か手に取って教室を出た。チラシと言っても「学食研究会」の名前と教室の番号とカレーの写真が載っているだけのものだ。美魔女の際どい写真集でもチラシに載せた方が不埒な輩が来るのではと冗談で提案したら、もの凄い冷ややかな目で美魔女に見られたんだっけか。
「あ、おじさん、おばさん!」
廊下で小早川さんの明るい声がした。
親戚の人が来たの? 挨拶しといた方が良いのか? とりあえず親族の方に悪い印象を持たれたくない俺は立ち上がり、廊下に出てみた。
「あ、これってもしかしてうちのカレー?」
「もちろんです。他のメニューも展示してありますよ」
おじさんとおばさんの数名が小早川さんの手にしているチラシを眺めて何やら盛り上がっている。俺と目が合うとおじさん達は軽く会釈をした。それから教室に入ってきた。もしかして学食の関係者?
「あらー、綺麗に展示されてる」
「へー、大したもんだよ」
「何か本格的ねぇ、違う物みたい。こんなメニュー作ってたかしらね、うふふ」
「ね、ホントにちゃんとしてるわね」
おじさんおばさん達は展示をマジマジと眺めている。どうやら食堂で食事を提供してくれているいつもいるおじさん、おばさんのようだ。美魔女が「我らがマスター、ミューズ」と呼んでいたのはこの人達のことらしい。
「学食のメニューで一番評価が高いのは……」
「これですね。ヒレカツカレー」
おばさんが展示を見てきょろきょろしていたので、近くで立っていた俺が教えてあげた。来場者にアテンドをするのも学生の仕事であり、学祭の醍醐味だろう。
「あ……はい」
おばさんは軽く頷くと小早川さんと喋っている他のおばさんのところに行ってしまった。
え、何だろこのよそよそしい感じ。小早川さんと話していた感じのテンションと全然違うんだけど。
これ、食堂の皆さんに俺が全く認識されていないからか。部外者と接してるようなこのよそよそしさは何だ。ほとんど学食には行ってないから仕方がないけど、少し悲しいぞ。
「耀子ちゃんと未島君は?」
「先輩達はチラシを配りに外に出てます」
「あら、会いたかったわぁ」
「そうだ、これ。差し入れ」
おばさんの1人が小早川さんにビニール袋を渡した。
「これから食堂に行かなきゃならないから、昼には早いけどこれ差し入れね。サンドイッチとカレー」
「ありがとうございます。まだ温かい」
「ごめんねぇ、部員は3人だと思ってたから……数が足りなくて」
と言って俺の方をチラチラと見ている。何か気まずい。
「新入部員さん?」
「そうです。この春から入ってくれたんですよ。3年生です」
小早川さんが俺の腕をつかみ、おばさん達の方へとぐいと引き寄せた。これは食堂で働いている方々に挨拶をしろっちゅうことだな。
「どうも。今井です。今井大輔です」
「今井君ね。うん、覚えた。未島君とは違うタイプね。今度唐揚げ1個まけとくからね」
「はい、ありがとうございます」
「あらやだ、息子の友達に顔が似てるわ。鈴木君って知ってる? 何学部なの?」
友達と顔が似てるから、鈴木君を知ってるかって言われてもそれは全然関係無いだろ。接点無いし、鈴木って名字はそこらじゅうにいるだろうし。
「商学部です」
「未島君と同じ学部ね。でも3年生かぁ、来年は就活だしね。もっと部員が増えると良いわねぇ」
「そうですね」
おばさんと盛り上がりに欠ける会話をしていると、教室を恐る恐る覗き込む制服を着た女子高生2人組が見えた。
「あら、混んで来たかしらね。本当にこんなに素敵に展示してくれてありがとうね」
「耀子ちゃんと未島君によろしくね」
「それじゃあね」
食堂の人達は揃って教室から出て行った。そして女子高生2人組が入れ替わるように教室内に入って来た。
「こんにちはー」
「こんにちは」
来客者にはこちらから明るく挨拶をして、健全で安全なサークルであると印象を残すことが大事だ。
「私達って来た人の案内する感じですか?」
「いや、自由に見てもらった方が良いんじゃない。何か聞かれたら答える感じで」
美魔女からは受付をしろと言われたくらいで学祭の最中は何かをしろと言われていない。
入って来た女子高生達が何か感想を言いながらゆっくり展示を見ているところを見るに、あまりこちらから話しかけない方が良い気がする。その人のペースってのがあるからな。かと言ってこうしているのも手持ち無沙汰だな。
「来た人を数える? 来年の参考になるかもしれないし。書くのはチラシ裏で良いよ」
「それは良いですね。そうしましょう」
「簡単に時間と正の字のカウントで良いんじゃない」
小早川さんがペンケースからボールペンを取り出し、チラシ裏に「正」の字を書いた。
「7人……開場してからもう7人も来てますね」
「まだ学祭始まって30分も経ってないのにこれからもっと増えるかもしれない」
食堂の人達というほぼ身内みたいな人達を除いても赤の他人の女子高生達もこうして来ている事だし、まずまずな開始ではないだろうか。隣りのヘビメタフェスの連中からは音も聞こえないし。
「あ、私のホークス君もここに置いておきましょう」
小早川さんが自分の鞄についていた大学のマスコットキャラのホークス博士のぬいぐるみを受付テーブルの上に座らせた。少しだけわくわくしてきた。




