そうなのか……
「あ、これ良かったらどうぞ。水槽を運んでセットもしてくれたお礼です。お茶にしましょう」
小早川さんが先ほどテーブルに置いた箱を開けた。中からは『親父、お疲れちゃん』と太い字で書かれた包み紙の何かが入っていた。たぶん菓子だと思う。お茶にしようって言ってるんだし。
バイト先の米将軍宗保といい、小早川さん、微妙なネーミングセンスの物が好きなのかな? どう考えても菓子につける名前じゃない。酒のあてとか、つまみのパッケージに書かれてそう。名前から想像できない食べ物ってだけでマーケティングには失敗してるだろ。
「お、福島銘菓の"お疲れちゃん"シリーズですな。美味しいですよね」
「未島先輩ご存知でしたか? 私、これの親父ラインナップが好きなんです」
えぇ……全然知らない。お疲れちゃんシリーズって何だよ。もしかして母ちゃん、兄ちゃん、姉ちゃんもあるんかい。
「……あれ、てことはさっきのなまりも。小早川さんって出身は福島県?」
「そうなんです。言ってませんでしたっけ?」
「春の歓迎会の時に自己紹介していましたぞ。ひゅひゅひゅ。」
そういや言ってた気がしてきた。そうか、福島か。福島県のなまりはあんな感じなんだ……。なるほどやっぱり可愛いじゃないか。
『親父、お疲れちゃん』の包み紙を開けると、焦げ茶色の丸い菓子が出てきた。チョコレート味っぽい見た目をしている。饅頭だろうか。名前に反して美味そうではある。
「では、私めも頂きましょう。これを食すのは久しぶりですな」
『親父、お疲れちゃん』をひと口食べるとビターなチョコレート味の生地の中に刻んだラムレーズンとクルミが入っていた。
饅頭よりも洋風で、フィナンシェよりバターの味はしない。柔らかく優しい味わいだった。和菓子とも洋菓子とも言えない絶妙な焼菓子だった。美味い、あと3個は食べられそう。
「ふむ、ビターチョコレートの中に力強く感じるラムレーズン。しかし、洋酒の味と香りは控えめでチョコの風味を消してはいない。そこへクルミの香ばしさと食感が後からやってくる。包むような親父の優しさ……さすが、福島銘菓。お見事ですな」
いや、全然わからん。親父の優しさとは一切無関係だろ。
未島は目をつむり、頷きながら焼き菓子を噛み締めている。
あれ? 何だか……未島の背中が大きく見える……気がする。ゆっくりと頷いている未島の顔が次第にほりが深くなっていき、皺が増え、肌色も褐色になってきた気がする。
お、親父? 俺の親父ではないが、銭湯にいつもいて鼻歌を歌ってそうな気の良い親父に見えてきた。そしてどこからか鼻歌混じりに歌も聞こえてきた。
『北のぉ〜、大地にはぁ〜、魂がぁやどぅるぅう〜、豊かなぁ〜恵みのぉ、大地がぁ〜、はぁどしたどしたぁ〜』
いやいやそんなはずはない。何かの見間違いだろうと目をこすると未島はやっぱり未島で、ゆったりとペットボトルのお茶を飲んでいた。何だったんだ……今のは。
「次に皆が集まれるのは夏休み明けですな。活動は10月頃でしょうかね」
「今年は学祭に出展したいって美波里先輩が言っていました。その話し合いもしたいですし、10月の早めの時期ですかね」
「おお、学園祭。それは大きく出ますなぁ。初めての試みですな」
学園祭? 何をするんだ? 物販とか学食の販売とか? 学祭って毎年いつやってるっけ? 4人でできるの?
「学祭って毎年11月あたまの連休じゃなかったでしたっけ。10月に話し合いでそれからって間に合わないんじゃ……」
「できることをやれば良いんじゃないかなと思います。サイトの紹介だけ、サイトをプリントアウトして展示するだけでも良いかもしれないです。画像もパソコンの中に保存してありますし」
「まぁ、いかようにもなるでしょう」
何かわからんがポジティブだな。そこまで内容に凝らなければまぁ大丈夫そうか。
「あ、水槽の水が透明になってきてます」
「めちゃ良い感じじゃないですか」
「兄の水草のチョイスが良かったようですな」
水槽に金魚を移した当初は水が濁っていたが今は透明になり、水槽ごしに部屋の壁紙がクリアに見えている。砂利が敷かれているところに少し赤紫がかった水草が真っ直ぐに伸びている。それがまた黒色の砂利に良く映えて、店で展示されていてもおかしくないお洒落な雰囲気になっていた。
「水槽のある暮らし、良いですね……」
俺達はしばらく黙って水槽を眺めていた。
未島がいるものの、こうして俺が小早川さんの家にいるってのは不思議な気持ちだ。いつか1人で訪れる日が来るのだろうか。それはどういう場面だろう。
この日は小早川さんと未島がほとんど喋っていて、俺は会話にはそこまで入れなかった。部屋の金魚と米将軍宗吉のぬいぐるみを交互に見たり、そしてほとんどの時間はタンスの中に入っていた水色と紫色のブラジャーのことを思い出していた。
【福島県銘菓 親父、お疲れちゃん】
名称、4
値段、3
味、4
見た目、3
ボリューム、3
大輔的所感▶︎ビターなチョコレートの中にほんのりときいたラムレーズンが渋い親父の背中を彷彿とさせる。2つ食べた。




