それは反則だろ!
「まずは金魚の入ってるケースをどうにかしませんと」
「ちょうど本棚とベッドの間にあって移動させにくい場所にあるなぁ……先に金魚だけ移す? てかこれ、どうやってここに運んだの?」
「水は後から入れたので……部屋の隅が良いかなと。後のことをあんまり考えて無かったです。この場所だと水換えとか掃除とか大変ですよね。そうですね……新しい水槽にまずは水と金魚を入れて移しましょうか?」
さっそく小早川さんはベランダの扉を開け、外に置いていたらしいバケツを持って来た。バケツに金魚と水を汲む作戦のようだ。
「では、私めは水槽のセッティングをしましょう。その水をそのまま使うならすぐにセットできますな。コンセントは……」
未島は冷蔵庫わきのケーブルを調べはじめた。
とりあえず俺の役割は今は無さそうなので傍観。小早川さんは左手にバケツ、右手には軽量カップを持ち、ベッドの上に座りながら金魚の入っているプラケースを覗き込み、しばらくするとプラケースの水を計量カップでバケツに移し替えている。
軽量カップは水を汲む用に使うわけか。注ぎ口があるからやりやすいっちゃあやりやすそうだが、これ……下に何か敷いた方が良いんじゃ? ベッドに水がはねると思うんだけど。
「あぁ! 先輩! 今井先輩! タオルを!」
ほら、言わんこっちゃない。
「タオルどこ?」
「水が! あぁ! 金魚が元気過ぎてはねてる! ひゃああ! お風呂場に! それかタンスの中に!」
1人で慌てている小早川さんにとりあえずタオルを早く渡さなければ。
タンスは本棚横のこれだよな。とりあえずどこに入っているかわからないから一番上の引き出しをあける。言われるがままに引き出しに手をかけあけてしまったが、これはあけて良かったのか? あけてすぐに固まってしまった。
左から小物類、ハンカチ、くつ下、紐のついている何か、そして複雑なレースの布でできた山が2つある尊い物。どっからどう見てもブラジャーだ。
「せ、先輩! そこじゃねぇべした! 一番下だっぺ! あと! それは姉ちゃんのだがらっ!」
「え、なまり? 何かごめん。ていうかお姉さんいたの?」
「そだごといっから! はやぐタオル持ってこしっ!」
なまり出るとか反則だろ。めちゃくちゃ焦ったんだろうな。ごめんな。
だが、俺は何も悪くない。水色と紫色のは確認ができた。よし、眼福。
一番下の引き出しをあけるとタオルが畳まれて入っていた。
「……えっと、タオルをバケツの下に敷いて下さい。あとバケツの底を拭いて下さい」
「はいよ。バケツ持とうか」
バケツを受け取ると、バケツ伝いにも金魚が元気よく泳ぎ回っているのがわかった。釣った時は元気もなくすぐに死にそうだと思ったが2匹ともバケツの中をぐるぐる泳いでいる。長いふんもしてるし。
バケツに金魚と水を汲み終え、冷蔵庫横の未島のセッティングした水槽の側に持って行った。両手のあいた小早川さんはプラケースをよいしょと持ち上げると風呂場へと向かった。
「水槽、縦に少し長くて洒落てますね」
「デスクに置くようにと買って結局使わなかったのです。水槽の大きさ的に金魚には少し手狭かもしれないですな」
未島が持ってきていた水槽は幅が20センチほどの四角柱で、縦に高さのある水槽だった。そこに砂利と水草が植えられ、かなりスタイリッシュだ。
「金魚よりも熱帯魚とかの方が雰囲気出そう」
「汎用性があって良しとしましょう」
そこへ風呂場から小早川さんが戻ってきた。
「すごい素敵な水槽! カッコ良い! 本当に頂いてしまって良いのでしょうか……」
「何回も同じことを言わなくて大丈夫ですよ。ひゅひゅひゅ。ではさっそくバケツの中の金魚と水を入れましょう」
小早川さんはバケツの中の水を手にしていた軽量カップで何回か水槽に入れた。
「思ってたより水が濁ってましたね」
「確かに……」
水槽はガラスでできており、水槽の中がかなりクリアに見える。入れた金魚の水は確かに白くもやがかかっていた。
「金魚は大食漢でふんもたくさんしますからなぁ。皆で金魚釣りしたのは2週間くらい前でしたかな。濾過器を入れたのでしばらくしたら水が綺麗になりますよ」
水槽に水が8割程入ったところで、最後に金魚を移動させて引越しが完了した。金魚も新しい環境に戸惑っているのか、水槽の角でじっとしている。
未島は水槽の濾過器から伸びているケーブルのプラグをコンセントに差し込んだ。
濾過器から気泡が出て、水面が小さく揺れはじめた。
「水草も入れて頂いて……部屋の中に水槽があるって良いですね。お洒落。この濾過器、音もほとんどしないですし」
「確かに思った以上に音がしませんな。さすが文明の利器。あ、そうそう、今日は餌やりはしないで下さいね。明日からなら大丈夫でしょう。フィルターの替えが段ボールに入ってます。替えるのは数ヶ月に一回くらいで良いでしょう」
未島より水槽のレクチャーを受けた小早川さんは立ち上がりキッチンに向かうと紙箱を持って来てテーブルの上に置いた。
「この水槽はこのまま床に直置き?」
「そうなんですよねぇ……私には音や振動はあんまり感じないんですけど、やっぱり下の階の人には迷惑かなと思うんですよね」
「ふむ、何か板でも下に敷くと良いかもしれませんなぁ」
「私、1ヶ月くらい実家に帰るんですけど、中学生の時に技術の時間で作った椅子があるのでそれを持って来ようかと。大きさと高さがちょうど良い気がするんですよね」
「え、小早川さん1ヶ月も実家に帰るの?」
ということはこの夏はもうほとんど小早川さんとは会えないわけだ。一人暮らしは水光熱費がかかるもんな。実家に帰っていた方が節約になるってことか。




