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あなたと食べたい学食で〜食べて悩んで味わって、あるのは恋か幻覚か〜  作者: 汐見かわ
7章 夏休み_金魚水槽を運ぶ(眼福、眼福)
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ちょっと……どうした?


 出てきた出口と逆の方向に牛丼屋がある。講義の前に普段からけっこう1人で行っている店だ。

 駅前は歩道が狭く人通りも多いので、俺が先頭で後ろから未島がついてくる形になった。

 少し先には小早川さんのバイト先「米将軍宗保」がある。店は営業中だが、人の姿は見えなかった。小早川さんは今日は休みなので誰かが店番をしているのだろう。


「そう言えばおにぎりは食べましたかな?」


 段ボールを抱えている未島が後ろから話しかけてきた。わざわざ今、このタイミングでおにぎりの件を言うってことは小早川さんのバイト先で売っているおにぎりを食べたのかってことを聞いてるのだろう。


「とり天食べましたよ」

「そうですか。ひゅひゅ……」


 意味深な笑いに若干イラついた。

 この人、この前の金魚釣りくらいからこんな感じなんだよな。

 恋愛的な話に踏み込んで茶化すようなことが友人とのコミュニケーションだと勘違いしている説あるか?

 後ろを振り返ると汗をかきながら段ボールを抱えてゆっくりとついてくる未島がいる。

 まぁでも俺は未島の母さんでも何でも無いし、どうでも良いか。

 いつも行っている牛丼屋の前に着いた。未島の抱える段ボールの置き場所はあるのだろうか。暑いしとりあえず入ってしまおう。


「イラッセイマー」


 遠くからいつも見かける店員の声が聞こえた。愛想は無いがテキパキと働いている外国籍の店員だ。

 この店は駅前にあるので行けばだいたい満席なのだが、この日は俺達の他に2人だけカウンター席に客が座っていた。大学も夏休み中だし、周りにオフィスがあるわけでもないもんな。空いていてラッキーだ。未島が抱えているダンボールも隣の席とか床に置けば良いし。

 出入口のすぐ近くに置いてある食券機で、牛丼の並盛りを選んだ。


「生まれて初めて来ますな。このような店には」

「え、マジ? 本気で言ってます?」


 食券機から発券されたチケットとお釣りを取ると、未島も俺と同じ手順で全く同じメニューを選んでいた。特に食券機の操作に迷うことも無かった。

 未島は食券機の操作には慣れているらしい。

 初見の自動食券機は操作に手間取ると思うのだが、未島は普段から他の大学の学食に行ってるからだろうか。そう言えばこの前、大学に行った時もメニューにやたらと詳しかったもんな。

 カウンター席に2人で座ると、未島は段ボールを足元に置いた。

 

「さっきの。この店には来たことが無いって意味です?」

「いえ、牛丼屋チェーン店全般に生まれて初めて今日来ましたよ」


 2人で話しているところに店員がやってきて、カウンターに置いた食券をちぎって持って行った。

 

「いや、なかなか1人では入りにくいと言いますか……」

「他の大学の学食には1人で行くのに?」

「ひゅひゅ、それとこれとは別なのですよ。1対1のような感じと言いますか……森の中ではないと言いますか」


 ちょっと言っている意味がわからないが、牛丼屋に来るのは今回が初めてのようだ。あとやっぱりこの人、1人で他の大学の学食に行ったりするらしい。やたらと詳しいもんな。


「3限の前とか、食べるとこに困りません? あ、学食に行くから特にそういうのは無いのか」

「そうですね、学食はオアシスと言いますか心の拠り所と言いますか。庭みたいなものですから。昼時には小早川女史も美波里女史も自然と学食に来ますし」

「へぇ……俺はあのガヤガヤした感じがどうも好きになれないんだよなあ」

「ひゅひゅ、1人の時はそう感じるかもしれませんね。ですが、皆で食べると楽しいですよ。感想を言い合ったりなど。感じ方は人それぞれですけれど」

「並盛リドゾー」


 店員が牛丼と味噌汁を乗せたトレーを置き、すぐに厨房に戻って行った。


「え? 味噌汁は頼んで無いですぞ」

「店で食べると付いてくるんですよ。そういうサービスです」

「何と……!」

「並盛リドゾー」


 店員が再びやってきて食事を未島の前に置き、厨房に戻って行った。


「お好みで目の前にある紅生姜を乗せて食べたり、別料金で生卵つけたり。それも美味いですよ。紅生姜いります?」

「あ、はい。今井氏はさすが慣れてますなぁ」


 紅生姜をひとつまみトングでとると、未島の牛丼の上に乗せてやった。

 牛丼のチェーン店に慣れてるって言われるのも微妙な気がするな。褒められてる気がしないのは考え過ぎだろうか。


「さっと食って早く行きましょうよ。小早川さん、待ってるんでしょ?」

「はい。しかし、私めは必ず今井氏が阻止をすると思いましたよ。好きな女子が他の男と2人きりになるのは気分良くないですからな。ひゅひゅ……」


 またか。

 俺は未島を無視してどんぶりを持ち、牛丼をかきこんだ。

 安定の味。牛丼の汁を米が吸い、米にも肉の味が感じられる。美味いな。


「私めは特に今井氏に今日の水槽の件を教えてはいないので……どのように知ったのです? は! もしかして、2人は既に……いや、しかし」


 1人で盛り上がる未島を無視して味噌汁を飲んだ。味噌の味が濃い。これはしょっぱい。

 味噌汁の入ったお椀をゆっくりとテーブルに置いた。


「……未島さんさ。未島さんのこと嫌いじゃないから言っとくけど、あんまりね、人のこう……センシティブな内容を茶化したりするのは良くないからね」

「センシティブなこととは? ……は! 小早川女史のことですかな?」

「まぁ、そうですね。いちいち言って来るのは何なんです? 俺はね真剣なんですよ。放っておいてくれよ」


 少しキツく言い過ぎたかな。ひとしきり思っていたことを言ってから、隣りにいる未島の顔を見た。


「え、ちょ……」


 10歳くらい老け込んだ未島が横に座っていた。顔面蒼白でこの世の終わりみたいな顔をしている。ついでに言っておくと、少し痩せた気もする。この一瞬の間に。……横にいるこれは未島だよな?


「私めとしたとことが……今井氏を傷付けていたのですね……もう終わった……」


 終わったって何だ? 友人関係のこと?


「いや、別にわかってくれたなら良いですけど……もう茶化したりしなければ……」

「もういたしませんっ!!」


 店内に響く声で言ったものだから、奥にいた外国籍の店員も店内の客も全員がこちらを見た。


「金輪際、命を掛けて失礼なことはしないと誓います! 未島永進の名にかけて!」


 未島は立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げた。

 えぇ……ちょっとこんなところで立ち上がらなくて良いし、フルネームを名乗らないでくれよ。


「ちょ……大丈夫だからとりあえず落ち着こう。怒ってないし」

「申し訳ありませんでしたっ!」


 恥ずかしい。大学が夏休み中だったのがせめてもの救いか。店員と客の3名しかこの場にはいないし。

 未島は落ち着いたのか席に座った。


「もう大丈夫なんで早く食べましょうよ。ね?」

「…………」


 早くこの場から立ち去りたい。もう二度とこの店には来れないかもしれない。

 未島は静かに味噌汁をすすっていた。

 食事をしている未島は一度しか見たことがないが、この時は静かにもそもそと食べていた。落ち込んでいるのかもしれない。


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