俺はそうじゃない
地下鉄の出口を出て少し先のところにあるコンビニで未島を待っていた。
今日は俺と未島で小早川さんの家に金魚の水槽を運び入れる日だ。
元々は未島だけで水槽を運ぶ予定になっていたところ、後から俺もそこに混ぜてもらった。我ながらかなり図々しいなと思うが、小早川さんと未島を2人きりにさせるわけにはいかんだろう。
一見すると未島は無害そうだが、実家は超ウルトラ極太金持ちという魅惑の力で小早川さんを誘惑するかもしれんしな。まぁ100%に近いくらいで無害だとは思うが。
コンビニの雑誌コーナーでどんな漫画が並んでいるのか眺めているとコンビニ前に1台の車が止まった。
見た事もないデザインの車で見た事のないエンブレムがボンネット中央についている。
うわぁ……高そうな車、外国車だろう。こりゃ絶対に未島だ。
後部座席の扉が開いてゆっくりとおりて来たのは案の定未島だった。
未島は後方のトランクに手をかけると中から段ボールを取り出した。すると左側の助手席の窓が下がり運転席にいた人物が見えた。開いた窓の方に体を少し寄せているようで、未島とひと言ふた言何かを話すと助手席の窓がゆっくりと閉まった。
運転手付きでここまで来たのかよ。まったく良い身分だぜ。羨まし過ぎる。
一連の流れを見終わってからコンビニを出て未島の元へと行った。
「外国車で登場ですか。どこの王侯貴族かと思いましたよ」
「おや、今井氏。もう来てたのですな。兄に送ってもらったのですよ」
「え? あの何かよくわからないけど経済界で絶大な権力を誇るお兄様? 車を運転してたのはてっきり運転手かと……」
「ひゅひゅ、絶大な権力は言い過ぎな気もしますが、そこの信号で今停まってる車の中に兄がいますな。水槽をくれと言ったら喜び勇んでここまで運んでくれたのですよ」
挨拶をして顔を売っておいた方が良いんじゃないだろうか? 今後の就活を有利に進ませる為にも。
今ちょうど信号で停まっている未島兄の乗る車に走って行こうと思った、が思ったと同時に信号は青に変わり、未島兄の乗る車は走り去ってしまった。車はあっという間に見えなくなった。
「あー……挨拶くらいしときたかったな。行っちゃったよ」
「親友のご家族にはやはり挨拶は必要でしたかな? 私めも今井氏の親御様にご挨拶をした方がよろしいでしょうか?」
「いや、特には……」
しばらく沈黙した後に、ふうと小さくため息をついて未島は言った。
「以前……大学1年生の時でしたかな。懇意にしていた学友がいたのですが、私めとの親睦を深めると思わせておいて、あろうことかむりやり兄との接触を計ろうとしていましてな。やたらと家に兄はいるのかと何度もしつこく聞いてきたのですよ。悲しい気持ちになったものです。その人とはもう疎遠になりましたがね」
……何も言えない。俺も同じだ。
未島のお兄様と繋がりが欲しい気持ちでいっぱいだ。見透かされた。俺の淺ましい部分を悟られたか? 最悪、未島との関係も終わるかもしれない。背中に冷たい汗を感じる。
「近付いて来る人達はだいたい私めではなく、その後ろにいる兄を見ていますから。いつもそんな感じなので今まで親しい友人、親友と言える人がいないのです」
車が走って行った方向をじっと見つめながら未島が言った。車はもう見えない。
未島も未島でいろいろと悩みがあるのだろう。
周りの人が自分ではなく自分の兄を見ているってことに気付かされるのは、けっこう残酷なような気がしてきた。
握手を求めてきたので手を差し出したら、自分の後ろの人と握手をしていたって感じだろうか。想像するとなかなかキツい。しかも後ろで相手と握手してる人は自分の兄だもんな。兄弟で一緒にいる時に握手スルーを何度も味わって来たんだろうか。俺も未島に対して実際しているわけだしな。
そういうのを何度も経験してきて自分から積極的に友人と呼べる人を作らなかったってのもあるのかもしれないし。
「ま、私めには学食研究会のメンバーがいますからね。学食という崇高な繋がりがあります。分かり合える人は多くいなくて良いのです」
未島兄にお近づきになりたい気持ちはやっぱりある。でも兄と仲良くなったところで特に何にも無いだろうし。他人が俺の為にどうこうしてくれるって都合の良いことはそうそう起きないよな。
俺は自分が卑しいのは自覚しているが、相手を目の前にしてまでその人を無視するような失礼なことはしたくない。巡り巡って自分に返ってくるだろうし。そこまで落ちぶれちゃいない。
「……そうすね。そういや未島さん、昼まだです? 軽く食べてから行きません?」
「え? ええ、ええ。喜んで」
未島も未島で変な口調で喋るし、変な笑い声でクセ強だけど、話してみると別に嫌な感じじゃないし、内面はまぁまぁ普通だしな。
未島兄とはあわよくば顔を合わせられたら良いなくらいで思っておこう。ついでのおまけみたいな感じで。
「俺、一人っ子なんで兄弟とかよくわからないんですよね。やっぱケンカとかしたり? 洋服とかもらえるんでしょ?」
「洋服は下に回すよりも先にボロボロになると母が昔に言ってましたな。年が離れてますので、ケンカはあまり」
「へー……あ、段ボール持つの手伝いましょうか? 重くない?」
「え? お気遣い無く。これしきのことは何とも無いです。何か……今井氏ってそんな感じの方でしたっけ? もっとこう……」
「もっとこう、何スか? もしかして人のこと蔑んでます? 貴族目線で蔑んでます?」
「ひゅひゅ……貴族目線て……ひゅひゅ」
未島は変な声を出してにやにや笑っていた。
笑い声はやっぱり変だなと思うが、嫌な感じには聞こえなかった。




