おっしゃぁあ!
思わず立ち止まった。
「明後日、先輩も来ますか?」
再び小早川さんが聞いてきた。
いや、願ったり叶ったりだ。「はい、喜んで」即答に決まってる……が、すぐに返事をするのも気が引けるので俺はそのまま黙っていた。
「未島先輩がいろいろ譲ってくれるそうで、水草や底に敷く砂利なんかも下さるそうなんです。たぶん見違えるような立派な水槽になる気がします! ぜひ見てほしいです」
小早川さんは目を輝かせ、自分の家の金魚を見てくれと言っている。俺がどんな気持ちを抱いているのかさっぱりわかって無さそうだった。
まぁそれは当然だろうけれど、無邪気に金魚の事を話す小早川さんにほんの少しの腹立たしさを感じた俺はやっぱり頭がおかしくなってしまったのだろうか。
会いたいなと思ってみたり嫉妬してみたり、腹が立ってみたり。自分の気持ちが目まぐるしく変わるので苦しい。
「あ、いえ、でも先輩も都合がありますもんね。すみません勝手に盛り上がってしまって……」
「そこまで言うなら行こうかな。何時に未島さんは来るって?」
「お昼過ぎです」
「じゃあ俺もそれに合わせて行ったら良いってこと? 後で未島さんに連絡してみるよ」
「ぜひぜひ。あ、でも私の家は未島先輩の家とは比べ物にならないくらい狭いのでビックリしないで下さいね」
「あの人の家と比べたら日本のほとんどの家は狭いと思うよ」
そうか、小早川さんの家に行くってことになるのか。自分の家をそんなにオープンにして良いものなのか?
俺も未島も小早川さんからは異性として見られていないか、安全安心な人畜無害な人間に思われているか……何ていうか無防備じゃないか? ほいほい男を家に連れ込んで良いのか? 俺の考えが頑固親父なの? 古いの? 彼氏がいないのは確定か?
再び俺と小早川さんは歩き出した。遠くで自動車が爆音で通り過ぎる音がした。
「ちょっと聞きたいんだけどさ。あの……男を家に入れて大丈夫なの? お父さんとかに知られたら……」
小早川さんはきょとんとした顔をしている。え? 言ってる意味が伝わってる? 俺が変なことを言ったのか? これでは異性の人の家に行くことを俺がとても意識しているように見えるじゃないか。
「水槽を運んで下さるので……水槽は重いですし、夏場は暑いですし。お礼を込めて家で涼んでお茶でも飲んで頂けたらなって。もしかして……私ってはしたないですか!? 東京の感覚とズレてますか!?」
「え、いや。ズレてはいないと思うけど良いのかなって純粋に思った」
はしたないって言葉を初めて人から聞いた気がする。
女子の家、部屋というのは聖域ではないのか。荷物を運び入れる用事があるとはいえ、そこに野郎が2人も行って良いものなのだろうか。
そう言えば杉本はほいほい女の家に上がり込んでいたな。バイト先の人、アプリで知り合った人、たまたまその場に居合わせた人など。杉本が特殊過ぎる気もするが、けっこうオープンなもんなのか、そんなもんなのかもしれない。俺が女子を神格化し過ぎているだけかも。余計な事言ったか。
「いやごめん、忘れて。女子の家に行く機会って無いからさ。ちょっと聞いてみただけ」
ふと小早川さんに顔を向けると、小早川さんもちょうど俺を見上げていたのか目が合った。赤縁眼鏡の奥で、瞳が何かを言いたげにこちらを見つめている。
ドキリとした。
このまま見つめ合っていたら、心臓の音が彼女に聞こえてしまうんじゃないか? 何か話さないと……。
「今井先輩は……彼女さんの家とかに行ったりしないんですか?」
「……え? 彼女? 何で?」
彼女なんていないし、小早川さんは何を言ってるんだ? 俺には彼女がいるんだと思われてたってこと? それは良い勘違いなのか? そう見えるって事?
「いや、彼女いないし……」
小早川さんは視線を前に戻し正面を向いている。表情がわからない。
「前もこうやって送ってくれましたし、優しいのでてっきり彼女がいるんだと思ってました」
俺が優しく接してるのは小早川さんだけなんだけどな。まぁそう思われてたのは悪い気はしない。むしろ印象的には良い感じなんじゃないか?
「いないよ。小早川さんの方こそ何て言うか……世間一般的に見て可愛いし、彼氏いるんじゃないの?」
「彼氏なんていないですよ……!」
小早川さんは少し後ろを歩く俺の方に振り向いた。暗がりの中でも分かる、彼女の顔が赤い。「可愛い」と言ったことに対して照れているんだろう。素直にそうやって言葉を受け止めて反応してくれるところが本当に純粋に可愛いなと思う。
すぐに前を向いたので俺からは小早川さんの表情がわからないけれど、耳が赤いのでまだ照れているのだろう。
それと「彼氏はいない」と本人から言質がとれた。これはすごい収穫だぞ。
「あの……私の家はすぐそこです。今日もありがとうございました。また明後日に」
「うん。また明後日」
小早川さんが指差した先にベージュ色の3階建てのアパートがあった。
建物の階段に向かって歩く彼女の背中を見送り、振り向きざまにお互いに手を振って小早川さんはアパートの2階の廊下へと消えて行った。
その場に1人残された俺は、元来た道を駅に向かって歩くことにした。
冷静になって先ほどまでのやり取りを振り返る。
俺、面と向かって小早川さんに「可愛い」って言ったのか? 言ったよな? 確かに言ったな。しかも恥ずかしさから「世間一般的に見て」って余計なひと言を添えたんだよな。シンプルに「可愛い」って言った方がどう考えても良かったよな。お前はどう思ってるんだよって思ったよな。
しかし、人に「可愛い」と恥ずかしげもなくよく言えたなと思う。夏だから気が大きくなっているんだろうか。やっぱり変だな、俺。
ぼんやりとした頭で暑い夜道を駅まで歩いた。
途中、シャッターの降りている小早川さんのバイト先「米将軍宗保」の横を通り地下鉄の入り口を下りて行った。
シャッターには米の形の顔に甲冑を着ている二頭身のキャラクターが描かれていた。
【米将軍宗保 エビ天おにぎり】
名称、3
値段、3
味、4
見た目、4
ボリューム、4
大輔的所感▶︎小早川さんは彼氏無しとのこと。とりあえず良し。おにぎり? 何味食べたっけ? エビだったっけ? うん、美味かった。
※あとがき※
ここまで読んでいただきありがとうございます。
お互いに相手がいないことが判明した回でした。
夏休みはまだ続きます。
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