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きのこイラストのスマホケース

 元々入っていたワンダーフォーゲル部を退部したその日に学食研究会というわけのわからんサークルに入部した……ことになるのか? 何をやっているんだ俺は?


「あの……」


 小早川さんは背筋を伸ばし、かしこまった。赤縁眼鏡の奥の瞳が真剣にこちらを見ている。

 ああ、俺に声を掛けたのか。そりゃそうだ。


「小早川です。よろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げられた。

 改めて自己紹介をされると何だか照れる。


「あ、はい。こちらこそ、今井です。よろしく……」


 握手を求めようと手を出そうとしてとっさに手を引っ込めた。何か、初対面の女子を相手にあまりそういうのは良くない気がした。


「カレー、冷めちゃってますかね」

「……そうですね」


 せっかくだし、カレーをひと口食べた。その日に会った人に食事をご馳走してもらうのはどんな展開だよ。まぁでも、ご馳走してくれたからにはせっかくだし? 食品ロスはもったいないし。

 パツパツスーツから譲られたカレーはすっかり冷めていた。それでもカレーはカレーだ。スパイスの効いた香りと味は美味かった。赤縁女子も静かに食事の続きをとっている。初対面の人とこうして学食で昼を食べるってのは変な感覚だった。

 そう言えば学食で食事をとるのは何度めだろうか。学食に来ると大抵どこかのサークルの連中が学食の一角を占拠して騒いでいる。内輪ネタで盛り上がり、大きな声で喋り、笑っている。そんな空間が苦手だった。

 学食に一人でいると、自分だけが学校内に知り合いがいないような気持ちにさせられた。不安になった。特に一年の最初の時はそれが嫌で学食に行くのなんて避けていた。


「小早川さんは何でこのサークルに入ろうと思ったんです?」


 彼女は箸を皿に並べて置き、口を手でほんの少し抑え、口の中の物を飲み込んでから話し出した。


「そうですねぇ……」


 俺に友達がいないわけじゃない。

 一年の、しかも大学生活が始まったばかりのこの時期に学食で食事をしようなんて、なかなかの強メンタルだなと感心した。俺は少なくともそう思った。


「私、実家は東北なんです。東京に出てきて何にびっくりしたって、物価が高いのにびっくりして……スーパーの野菜とかも高くて。本当にびっくりして。仕送りとバイトで生活できるかなって不安になったんです」


 俺は生まれた時から東京育ちだから気付かなかった。東京って物価高いんだ……へぇ。


「でも、学食ってワンコインあれば食事ができるじゃないですか。お腹いっぱいになるじゃないですか。それにほっとしたんです。しかもおつりが返ってくることもありますし。美味しいですし」

「確かに安いけど……」


 味はその値段に見合って程度が知れている気もするが。手元のカレーはまぁまぁ美味い。そもそもカレーで不味かったら致命的だろうに。


「それに、学食研究会の先輩達が本当に素敵な学食についてのホームページを作っていて。話を聞いて感銘を受けたんです」


 そう言って小早川さんは、淡い色のきのこのイラストが描かれた手帳型のスマホケースを開き、中のスマホを操作して画面を見せてくれた。 彼女はこういうゆるい絵柄が好きなのだろうか。


 画面には学食のメニューが値段と画像と共に載っている。しかも、そのメニューはレーダーチャートで点数が付けられている。名称・値段・味・見た目・ボリュームで、トータルスコアが何点と。満点が5点なわけだ。確かに凝っているような気もする。


「あ、今食べてるカレーの評価ってあったりします?」

「旧カレーの評価ですけど。これかな?」


 手慣れた手つきでスマホをタップし、「カレー」の画像をタップした。

 名称1、値段3、味3、見た目2、ボリューム4、トータルスコア2.6


 なかなかに辛口な採点であった。これをあのパツパツスーツと美魔女が作ったってのか? だとしたらなかなかやるじゃないか。


「この名称ってのは?」

「メニューの名前に工夫があるかどうか、学生の心を掴むかどうかの点数です。例えば、思わずSNSなどで紹介したくなるようなネタ的、若しくは映え的な要素があるかどうか……そんなところだったと思います」

「うちの大学のカレーは名前が普通過ぎて評価されてない感じだ」

「そうなんです。ただの"カレー"ですから」


 あの人たち、ひたすらこんなことをやってたのか。知らなかった。不本意だが、少し面白そうと思ってしまった。

 小早川さんはスマホのホームボタンを押して画面を閉じると鞄にしまった。


「学食研究会の活動は、学食をこんな風にホームページに載せて紹介することです。自分の大学だけじゃなくて、他の大学の学食にも食べに行くんですよ」

「へえ……けっこうちゃんと活動してるんだ……」


 軽い気持ちで名前と住所を書いてしまったが、大丈夫だっただろうか。しかも幽霊部員として……というのは通用しなさそうな気もしてきた。この人達は学食に本気だ。その中に大してやる気もない俺なんかが混ざって良いのだろうか。

 俺はすっかり冷めたカレーを再び食べた。スパイスの効いた、ほんのり辛いルーが口の中に広がる。カレーは美味い。そんな感想しかとっさに思いつかない。

 学食のメニューを評価する気持ちで食べたことはないし、とりあえず空腹をしのぐ為に腹に入れている感覚だった。世の中、こんな風に思いもよらないものに全力を注いでいる連中もいるんだな。


「今井先輩。連絡先を教えて貰っても良いですか?」

「へ?」


 突然の言葉に変な声が出てしまった。


「連絡をとりたいので……」

「ああ、はい」


 そうだよな。一応、同じサークルメンバーになったわけだもんな。

 小早川さんは再び鞄からスマホを取り出し、俺のスマホに表示された二次元コードを読み取った。


「私、授業があるので。後で連絡しますね!」


 トレーを持って彼女はいそいそと行ってしまった。心なし、その背中は嬉しそうに見えた。いや、気のせいだろうな。俺の願望がそう見せているのかも。

 俺はカレーを食い終わり、月見うどんに取り掛かった。うどんもすっかり冷めている。

 その時、新しいメッセージが届いたことをスマホの通知音が知らせた。


『一年の小早川茉依です。よろしくお願いします』


 そして、メッセージのすぐ後にぺこりと頭を下げたうさぎのイラストも送られて来た。すぐさま返信をする。


『今井大輔です。こちらこそよろしくお願いします』


 俺の出したメッセージはすぐに既読になった。

 たったそれだけのやり取りだが、俺の顔は心なしにやけている気がした。

 いや、これは気のせいだ。月見うどんが冷めていてもまぁまぁ美味かったから、その喜びの顔だ。

 にやけ顔を誰にも悟られまいと急いで月見うどんをかきこんだ。

※あとがき※


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

ここから大輔の学食研究会での活動がスタートします。

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