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あなたと食べたい学食で〜食べて悩んで味わって、あるのは恋か幻覚か〜  作者: 汐見かわ
6章 夏休み_エビ天おにぎり(そういう時ってあるよね)
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タワーには行ったけど


 連絡が来たのは今日の昼過ぎだった。杉本からだった。


『内定もらった。俺を祝え』


 へぇ……決まったんだ。おめでとう。

 要領よく立ち居振る舞う杉本ならどこかしらに就職は決まるんじゃないかと思っていた。それがだ。


「体育会系のノリは無理なんだけどさぁ……俺、大丈夫かな」

「いや、知らねぇし」


 杉本は取り分けた揚げ出し豆腐を箸で半分に切りながら言った。こいつは5大商社のうちの1社に内定が決まったらしい。商社は人気で、就活で内定をもらうにはなかなか難しいと思うのだが………一体、杉本にどんな魅力があったというのか。採用担当の人も見る目がなさ過ぎる。


「向いてなかったらさっさと辞めよ。今の時代、年功序列なんて無いし。24時間働けますか? 働けるわけないじゃん。アホかってんだよ。労基法違反なんだよ」

「24時間? え? 何だって?」

「昔のサラリーマンの例えだよ。コマーシャルか何かで流行ったらしい。今は猛烈社員なんてのはもういないんだよ。入社早々に体育会系のノリで一気飲みなんてさせられたら俺は発狂するね」


 杉本はまだ働いてもいない会社の悪口をさっきからずっと言っている。

 商社への内定は望んだ結果じゃないってことか。他の人が聞いたら殴られるぞ。内定が欲しくて、それでも落とされた人はたくさんいるだろうに。

 俺はひと口大の大きさに切った揚げ出し豆腐を口に入れた。豆腐を油で揚げるっていう所業が天才的だよな。誰が考えたんだろ。うん、出汁が美味い。甘口の出汁が口の中に広がり、少し苦味のある大根おろしがそれによく合う。


「商社って給料良いんだろ? ガツガツ働いてアーリーリタイアすれば?」

「それだわ。大輔ナイスゥ」


 お互いに悩みを解決する気は無いので適当に話を聞いて適当に返事をする。話を聞いてすらいないかもしれない。そしてお互いに何を話したかは翌日にはさっぱり覚えていない。杉本とはそんな時間を過ごすこともある。実はそれが気楽だったり、楽しかったりもする。本人には死んでも言わないが。


「給料を全額投資に回せばいけるんじゃん?」

「俺、実家暮らしじゃねぇし。全額回せねぇよ。あ、同棲すれば良いんだ。年上の彼女作ろ。養ってもらって給料は全額投資に回そ。そうしよう、決めた」

「そう上手くいくわけ……」


 こいつなら実際にできなくは無さそうなところがまた腹が立つ。よくわからないがそういう謎な行動力と実行力が杉本にはある。

 

「俺が家事全般を請負って……イケる気がするなぁ。相手の事は全て肯定する。意見はしない。可愛い可愛いお姫様扱いでイケるだろ。そんな年上の彼女どこで見つけたら良いんだろ。やっぱアプリかなぁ……」

「軟骨お待たせしましたー」


 店員がテーブルに軟骨の唐揚げを置き、俺の飲んだビールのグラスを持って行った。


「彼女さんは元気?」

「彼女?」


 杉本は軟骨の唐揚げに箸を伸ばした……かと思ったら皿に添えてあるレモンを搾っている。


「全部にレモンかけるなよ。俺はレモンいらない」


 俺の言いつけを守り、素直に唐揚げの半分にだけレモンをかけて搾り終えたレモンは皿の端に置いた。杉本はこういうところは意外と律儀なんだよな。

 

「眼鏡の彼女は元気かと聞いている」


 小早川さんのことか。前に「匂わせ」な態度をしたんだったか。このまま彼女ということにしておくか、それとも面倒だから無視をするか……。

 俺は無言でレモンのかかっていない方の唐揚げを取り皿にとった。


「嘘っぽいな。彼女じゃないな。彼女いないだろ」

「だから何だよ。白黒つけたがる、そういうのが意味がわからない。どっちでも良いだろ」

「どっちでも良くねぇよ。俺に無いものを大輔が持ってるのは納得がいかねぇのよ」


 俺も杉本も何を言ってるのかよくわからないが、杉本は俺を羨ましがっているってことだろうか。


「……東京タワーには行ったな」

「はぁ!?  クソが! ベタなデートしてんじゃねぇよ」


 杉本は頭を抱えて壁に寄りかかった。悔しがっているヤツの姿を見るのは愉快痛快だ。


「いちいち聞くなよ。キショいぞ」

「ゼミの子だっけ」

「……違う」

「じゃあ何だよ。あ、バイト先か。今度、3人で一緒に飲みに行こうぜ」

「20歳じゃないから無理だし、お前には絶対に会わせない」


 杉本はテーブルの上に置いてあった電子タバコを手に取ると電源を押した。タバコを吸って白い煙を吐くと、視線は天井にのぼる煙の先を見つめていた。

 ところでなぜ俺は杉本に小早川さんを会わせたくないのだろう。さっきはとっさに口からそう出たが自分でも良くわからない。そもそも小早川さんと俺は付き合ってもいない。ただのサークル仲間だ。


「あー、俺もそろそろ彼女欲しいなぁ……」


 彼女、ね。杉本は天井を見つめながら言った。

 俺は小早川さんと付き合いたいのか、どうしたいのだろう。もし、小早川さんが目の前の杉本と付き合っていたとしたら吐きそうなくらいに気分が悪い。それは考えたくもない悪夢だ。

 やっぱり俺は小早川さんのことが好きなのだろうか。


「……ちょっと良いか、杉本」

「ん?」


 杉本は咥えていた電子タバコを離し、口から白い息を吐いた。


「電子タバコは臭わないと思ってたら大間違いだからな。電子タバコも普通に臭いからな」

「急になんだよ。ちょっとした気遣いだから。紙よりかはマシ。あれ? もしかして禁煙中?」

「別に」

「ふーん……禁煙ねぇ」


 口の端をにっと上げて笑った杉本の顔は下品で、よく企業はこんな奴を採用する気になったなとつくづく思う。杉本に内定を出した会社は早々に潰れてしまえ。

 ちなみに俺はこの春からタバコは禁煙中だ。


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