何か良い感じじゃないの
食堂から出ると、再びむあっとした暑さが体を包んだ。真昼の太陽は地面のコンクリートも建物も全てをジリジリと熱している。
「この後どうします? 何か予定とかあるんですか?」
「私めは特に何も」
「私は夕方からバイトがあります」
「……そうなんだ。じゃあ帰りますか」
小早川さんはさっき未島から教えてもらった駅前のおにぎり屋で夕方からバイトか。未島と2人でどこかに寄る気は無いし、こんな暑い日に外をうろうろしたくもない。仕方がない、今日は大人しくそのまま帰ろう。
高層ビルの校舎を通り過ぎ、元来た道を駅に向かって歩く。
外濠沿いの眺めは、濠の水と周りに生い茂った草木の緑色で涼しげだった。外濠沿いの道は隣りの駅までずっと続いている。
めちゃくちゃ良い景色だよなぁ……そう言えば電車に乗ってる時も、この辺りの景色を車内から見るのは好きだった。
「来た時も気になってたんですけど、あれは何ですか? 釣り堀ですか?」
前を歩いている小早川さんが立ち止まり、駅のある方角に見えている釣り堀を指差した。
「そうそう。釣り堀。鯉が釣れるんだよ。さすがにこんなに暑いからやってる人があんまりいないなぁ」
釣り堀には雨傘を日傘かわりにして釣りをしている男女がひと組いる。海外からの観光客だろうか。
「あそこは熱帯魚なども見れますし、少々立ち寄りますか? いかがですかな? 小早川女史は時間は大丈夫ですかな?」
「時間は大丈夫です。良いんですか? 行きたいです!」
小早川さんの希望で駅のすぐ近くにある釣り堀に行く事になった。未島は俺の方に親指を立てて得意げな顔をしている。それには少しウザいなと思った。
駅のへと続く横断歩道を通り過ぎ右折すると、外濠にかかる橋のすぐ側に釣り堀の入り口はある。
ゆるやかな坂を下り、入り口に入るとすぐ手前に生け簀があった。生け簀の中には金魚が泳いでいる。金魚釣りだ。
金魚釣りをしている親子が2組いて、そのうちのひと組の親子が、釣り糸を持ち上げていた。釣り糸の先には金魚がビチビチと元気よく跳ねていた。
「金魚釣りができるんですね」
「奥では鯉が釣れますな」
生け簀の手前にいる親子はどうやらかなり金魚が釣れているらしく、生け簀のふちに引っ掛けている網の中には金魚がうじゃうじゃ泳いでいた。
「すごい、あんなに釣れてますね」
「おー、すごい。前に来た時は1匹しか釣れなかったな」
「金魚釣りといえどもコツがいるようですな」
金魚釣りを横目に店内へと入ると、レジ前の目立つ場所に大型水槽が置かれていた。水槽の中では大きな魚が1匹だけ泳いでいた。
「アロワナですな」
「うわ、10万だって。高っ!」
「これは値段だけで言ったら下から何番目かくらいの個体ですな」
「……詳しいですね」
「兄が凝ってアロワナを飼っていた時期があるのですよ」
うわぁ……出た。また未島兄か。
こんな高価な魚を飼うって、水槽やら餌代やらけっこうかかるんじゃないのか……何なんだ、未島家。未島本人じゃなくて、お兄様とお近付きになりたいよ。
小早川さんは奥の熱帯魚コーナーに行ってしまった。アロワナを眺めている未島を放って、俺も熱帯魚コーナーに向かった。
店内は意外と広く、熱帯魚の他にも水草なんかも売っている。手入れのされた水槽にキラキラヒラヒラと泳ぐ熱帯魚の群れは綺麗だった。
「こういう水槽を家に置くの憧れなんですよねぇ」
小早川さんはネオンテトラの水槽を眺めていた。
「見てると癒されるよね。金魚は飼ってたけど熱帯魚は無いなぁ」
「私もです。金魚は6年間生きたんです。水槽の掃除は大変でしたけど可愛かったなぁ」
「近付くと口をパクパクするしね」
ふと、向こう側の別の棚の水槽に未島の姿が見えた。未島は俺と目が合うと、親指を立ててまた得意げな顔をした。イラっとした。
「エビも白くて赤の水玉がいますよ。カラフルですねぇ……可愛い」
「……あ、うん。食べたら不味そうだよね」
未島を見るといちいち腹が立つので、あいつは放っておこう。
「何となく人のところに寄ってきてる気がしない? ほら」
俺達のいる方、水槽の端に熱帯魚が寄っている気がする。試しに餌をやるふりをして水面近くに手を近付けると、水槽の奥にいた数匹が急いで泳いできた。
「よく人に慣れてるなー、活きが良い」
「熱帯魚ってこんなに人になつくんですね!」
水槽を照らしているライトによって、水草と熱帯魚が虹色に輝いている。その様子を目を輝かせて見つめている小早川さんが愛くるしい。
何か……良い感じだ。水族館でデートをしたらこんな感じだろうか。水槽を眺めて魚を見て、あーでもないこーでもないと感想を言い合う。ひとしきり見終わったらカフェでも入って2人で買ったおそろいのキーホルダーを眺める。充実した2人だけの時間……。
ふと視線を感じて顔を上げると、向かいの水槽の隙間から未島の顔が見えた。水族館デートの妄想は音を立てて一瞬にして崩れた。
「御二方。ちょっとよろしいですかな」
未島が手招きをした。




