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あなたと食べたい学食で〜食べて悩んで味わって、あるのは恋か幻覚か〜  作者: 汐見かわ
5章 城山大学_鶏唐プレート(夏と言ったらこれだよこれ!)
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にしても可愛いなぁ

 もうすっかり夏だ。

 梅雨が明けたと思ったらうだるような暑さが続き、今も立っているだけで汗をかく。むあっとした空気が体を包み込んでいる。暑い。とにかく暑い。

 東京タワーでの初デート以降、今日のサークル活動の連絡が来るまで特に小早川さんから連絡が来ることは無かった。俺から彼女へ連絡をとることもなければ、他のサークルメンバーから俺に連絡が来ることも無かった。そもそも小早川さん以外のあの2人の連絡先を俺は知らない。

 俺は相変わらず、バイトに明け暮れ、小銭が溜まる一方だった。資格の勉強は一切していない。


『私、この後にちょっと人と会う約束をしてて。ごめんなさい』


 東京タワーで小早川さんから言われた言葉がずっと頭の中を反芻していた。「誰と会う約束だったの?」それを彼女に直接聞く勇気も無く、しかもそんな質問を気軽に出来る間柄でも無いような気がして、ただただバイトに明け暮れていた。

 まぁ、たぶん親だな。小早川さんは優しく親想いな気がするから親がたまたまこっちに出て来て、夕飯か何かを一緒に食べようって話になってたんだろう。

 いや、やっぱり彼氏か? それか大学の友達。

 そんなことをぐるぐるといつまでも考えていた。


「こんにちは」


 急に話しかけられたので肩が跳ねた。びっくりした。小早川さんだった。

 いつもの赤縁眼鏡で髪をひとつにだんごにまとめ、デニムにTシャツというラフな格好だった。まぁ、大学の学食に行くだけだし、普段の格好というところだろう。にしても何を着ても可愛いなぁ……。

 このクソ暑い中、小早川さんの存在は一服の清涼剤だった。爽やかな風が吹いた心地になる。


「じゃあ、行こうか。あそこに見えてる高いビルだよ」


 駅の改札から見えている高い高層ビルが目当ての大学だ。大学は江戸城の外濠沿いに建てられており、周りにはそれ以外にあまり高い建物がないのでやたらと目立つ。

 駅を出ようと歩き出そうとしたところ

 

「待って下さい。もう1人来ます」

「……え?」


 来るのは俺と小早川さんだけじゃないの? 誰だよ……まさか。

 改札の向こうからハンカチで汗を拭きながらこちらに近付いて来る男がいる。しかもちょっとしんどそうに歩いて来る。

 改札を出て、俺達の姿を見つけると重い足取りでこちらに近付いて来た。額には大粒の汗をかいている。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 鞄から取り出したペットボトルの水をくいとひと口飲み、そしてペットボトルの蓋を閉めた。


「お待たせしてしまいましたかな?」


 未島永進(みしまえいしん)。商学部の4年生にしてサークル仲間だ。俺と同い年。


「……何でいるんです?」

「何でって、それは今日、サークル活動だからです。私めの都合と合ったからですよ。今井氏とは初めて他大学の学食に行きますな。どうぞよろしく」


 未島は「ひゅひゅ」と、独特な笑い声を発し、握手を求めてきた。


「……こちらこそ」


 未島と握手をするのはかなり不本意だった。いきなり会って握手を求めるあたりが政治家っぽいというか、社交慣れしてるとでもいうか……何となく気恥ずかしいというか、とにかく慣れない。


「では、行きましょうぞ。あそこに見えてる高いビルが今日行く場所ですな」


 さっき俺が小早川さんに言った同じ事を未島が言った。さっき、それ俺が言ったし。一応未島は先輩になるわけだからしょうがないけどさ……。

 

 小早川さんがなぜか前を歩き、俺は未島と横並びで歩いた。未島はハンカチで汗を拭きながら少し苦しそうな息づかいで歩いている。

 特に話しかけられるわけでもなく、お互いに黙ったまま歩く。駅からすぐ見えていた大学のビルまでは案外遠く感じる。

 そう言えば未島とはまともに喋った事が無かったな。新歓で未島の邸宅に行った時も、ほとんど美魔女がクダをまいていたし。気になっていることを話しかけてみるか。


「……就活は終わりましたか?」

「む? 私めに話しかけていますかな?」

「ええ、……そうですね」


 未島以外に誰に話しかけてるっていうんだ。未島は鞄の中からペットボトルを取り出すと中味を飲み干した。ペットボトルの蓋を閉めて空のペットボトルを鞄の中にしまった。


「何社か面接まで行ったのですがね。なぜだか面接に行くと、応接室に通されるのですよ」

「え? 何です、それ」


 言ってることが理解できなかった。応接室に通されるような面接ってあるのか?


「面接に行くと応接室に通されるのですよ。そこでだいたい父と兄の話をされるのですよ。あとは世間話ですね」

「それって選考ってことなんです?」

「どうでしょうな。その後に次回の面接の案内がきますけどね。私めの方からお断りしていますね」


 もったいない……と思ったが、何だかよくわからないが、未島の父と兄は経済界に顔のきく人物なのだろうか……。そりゃあ、あんなとんでもない豪邸に住んでるくらいだし、普通のサラリーマンの一般家庭ではないのは確かだろう。


「この機会に乗じて未島家に取り入ろうとする企業はこちらから願い下げですな。今井氏も覚えておいた方がよろしいですぞ。よからぬ輩は向こうから寄って来るものですからな。ひゅひゅ」


 未島はおかしな笑い方をしてハンカチで汗をふいていた。その汗をふいているハンカチも実はブランド物とかそういうヤツなのだろうか。とてもそうは見えない。汗を吸ってよれよれのべちょべちょだ。

 よくわからないが、とりあえず未島とは仲良くしておいた方が良いということだな。後で未島の名前で検索をかけてみよう。


「未島さん、就活はきっとうまく行くと思いますよ。俺も来年就活なんで、いろいろ勉強させて下さい」


 未島は驚いた顔をして一瞬、表情が固まった。


「もちろんですぞ。今井氏とはお互いに良い関係が築けそうですな」


 満面の笑みでそう言って、再び俺に握手を求めて来た。


「もちろん! 今後ともよろしくお願いしますっ!」


 両手で未島の手を握り、向こうもひっしと両手で握り返してきた。

 めちゃくちゃ大きい声が出てしまったので、前を歩いていた小早川さんが思わず振り返っていた。

 よし、これでとりあえず未島に取り入ることは成功した。父親だか兄だか知らないが、就活で困ったら泣きつこうじゃないか。


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