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最悪だよもう

 雨は次第に強く降り、雨粒がガラスを叩きつける。景色は霧がかり近くの建物以外はほとんど何も見えなくなった。


「まさか雨が降るなんて……止みますかね」

「通り雨だよ。止むよ」

「あ、時間。エレベーターのところに行かなきゃ」

「え、時間?」


 一番上の展望室に行くには時間制で入場時間が決められており、決められた時間内に見学をしなければいけないようだ。そんなルールだったのか。チケット売り場の案内をほとんど読んで無かった。展望室にいられる時間は今から30分程。

 雨はまだ降っている。こんな雨じゃ景色なんてほとんど見えないんじゃ……。

 エレベーターに戻ると、先ほどのエレベーターガールとは違う制服を着た人が最上階の展望室に行く人に向けて案内をしていた。その案内通りについて行く。


「ここから3,500円のサービスってことですね……」

「何か雰囲気違うね。ちょっと特別感あるよ」


 案内をされた先にゲートがあった。そのゲートを通って最上階の展望室へ行くらしい。ゲートを通ると、床に敷かれている絨毯の色が変わった。そしていくつか小部屋へ通されるが、意向を凝らした演出でかなり東京タワーの歴史と建築に詳しくなった。視覚と映像で楽しめる博物館のようだ。

 そして展望室へ行く為に、最初に乗ったエレベーターとは違う最上階の展望室行きのエレベーターの前で待たされる。そこではドリンクのサービスがあった。俺はウーロン茶を取った。小早川さんはスカイ何とかっていう黄色くて謎なフルーツ味の飲み物にしていた。


「飲み物代も含まれているんですね。嬉しいかも」

「ただ景色を見るだけじゃないのが良いね。昔はこんなサービスあったかなぁ」

「先輩は来た事があるんですか?」

「小さい時に家族と。あんまり記憶に残ってないんだよなぁ……子供の頃は景色見てもそんなに楽しくないもんな。あ、前に来た時は水族館があった気がする」

「え、展望室にですか?」

「あ、いや、魚がいたのはこの場所じゃないよ。確か1階の出入り口の辺りだったかなぁ」

「すごい。東京タワーと魚ってその発想が普通にできないですよね」

「電波塔と魚だもんね。あー、でもどんな魚がいたかまでは覚えてないなぁ……」


 飲み物を飲みながら待っていると、最上階行きのエレベーターが到着した。


「それでは地上250メートル。これより空中回廊をごゆっくりお楽しみ下さい。Have a good time」


 エレガントで特別な雰囲気を出したいのだろう。俺達に飲み物を出してくれた案内人は満面の笑みで英語だけやたらと発音良く言った。

 案内人の台詞が言い終わったと同時に、チンと高い音が1回鳴ってから扉がゆっくりと開いた。

 最上階行きのエレベーターは塔の中にそのままエレベーターがある構造で、周りは壁で囲まれておらず、東京タワーの鉄骨がガラスのすぐ向こう側に見えている。

 相変わらずガラスには雨が打ち付けている。

 150メートルから250メートルまで俺達を乗せたエレベーターは一気に上昇する。今まで乗ってきたエレベーターとは全く違う、重く腹がこそばゆい感覚。

 体が重く感じると同時に最上階の展望室についた。

 エレベーターの扉が開くと、展望室の中は真っ白だった。

 鏡が万華鏡のように張り巡らされている。外の景色が雨で曇っている為に、景色の白さが展望室内の鏡に反射し、床から天井、いたるところが白く見えている。


「真っ白……」


 眼下に広がる大都会東京の景色を期待していたと思うけれど……。たぶん晴れて外の景色が見えていれば壁や天井にも景色が映り、空中にいるような感覚になったのかもしれない。3,500円で素晴らしい非日常の体験ができただろう。

 だが、今日この時間、曇りで周りの景色もほとんど見えず、ただの白い空間が広がっている。

 ちょっとこれは……マジで今すぐに雨がやんで景色が見れないと断腸の思いで高い料金を払った彼女が浮かばれない。横にいる小早川さんをチラ見してみると――


「…………」


 完全に顔に影を背負っていた。落ち込むというより「無」って感じだ。がっかりとかそんな生やさしい感情ではなさそう。いや、これ何て感情なの? 小早川さん、大丈夫か。

 掛ける言葉が見つからない。「雨はもうじき止むよ」なんて軽々しく口にできない。ここの展望室にいられる時間はあと20分。20分で雨が止むとは思えない。止んだとしても展望室を360度囲む厚い雲がすぐに引くとも思えない。詰みだ。


「あー……小早川さん?」


 返事は無かった。ずっとガラスの外を眺めている。声を掛けてあげたい気もしたが、気の利いた台詞が出てこない。何とか思い付いた言葉を発してみる。


「まぁ、でもさ……あのー、何て言うか。景色は見れなくて残念だけどさ」


 遠くガラスの外に向けていた小早川さんの視線が俺のほうに向いた。少し下から見上げてくる表情が儚げだった。心臓がギュッと鷲掴みにされて、一瞬息が止まるかと思った。


「ほら……景色を見たくてここに来たのに見れなくて……逆にこういう経験すると忘れられないよね。今日の思い出がさ。次に東京タワーに来た時にあの時は天気が悪くて……って絶対に思うじゃん? 印象に残るっていうか」


 とりあえず思い付いた言葉を並べてみるが、ちょっと自分でも何言ってるんだ。


「まぁ、俺は逆に景色が見れなくても良かったと思う」


 いや、良くないだろ。

 景色を見る為に最上階の展望室まで来てるんだ。思ってもない事が口から出るってこれは何て現象なんだ。いや、俺が思ってたから出たのか? 小早川さんには何だこいつって思われただろう。もうダメかもしれん。俺の頭の中も真っ白だ。


「……そうですよね。確かに一生忘れられなくなりますね」


 小早川さんは、ふっと微かに微笑んだ……気がした。

 

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