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名前は小早川茉依

 俺は同じサークルのメンバーらしき三人に囲まれた。

 俺を挟んで会話をされるのは迷惑だ。非常に気まずい。よし、ここは席を立とう。昼は外に食いに行こう。シラバスをリュックに入れ立ち上がろうとした。すると、赤い爪が俺の膝を押さえつけた。思わず変な声が出そうになった。


「貴方、カレー好きそうね」


 美魔女は押さえつけている膝にさらに赤い爪を立てながら言った。ぎりぎりと爪がめり込み痛い。何だこれ? 俺は何をされているのか? 確かにカレーは好きだが、初対面の人に言われるってどんだけカレー好きそうな顔してるんだ。まさか、カレー臭でもしてたかな。いや、待てよカレーだけに加齢臭? そんな……まだ二十歳もそこそこだぞ。何てことだ。

 俺は美魔女の言葉に軽く衝撃を受け、頭の中でパニックを起こしていた。

「貴方はどんなランチを奏でるのかしら?」

「ん? いや、この席空きますので良かったらどうぞ……」


 美魔女の意味不明な言葉で我に返った俺は、席を譲ろうと立ち上がったが、今度は左手が伸びてきて服を掴まれ、無理やり椅子に戻らされた。何これ? やだ、怖い。


「ちょ……ちょっと何ですか? あと、膝痛いんですけど」

「あら、失礼。貴方、茉依(まい)のお友達でしょう? ランチに何を食べるのかしらと少し気になったのよ」


 美魔女はやっと膝から手を離し、ふふと妖艶な笑みを浮かべている。妖艶というか、変な凄みがあって逆に怖ぇよ……。

「小早川女史のご学友であられましたか! これは失敬。お昼をご一緒してもよろしかったでしょうか?」

「あー……知り合いというか、たぶん同じ大学ってだけでその人とは友達ではありま──」

「茉依の友達よね? 貴方は友達に決まってるわよね? さっきからうちの茉依を親しげに見つめていたし。てっきり茉依が友達を連れて来たのかと思ったわ。そして勧誘に成功して一緒に学食研究会を盛り立ててくれる人だと思ったわよ。一緒に学食研究会を盛り立ててくれる人だと思ってしまったわよ! これで四年生以外の部員がニ名になったから、今年度もサークル活動が出来ると安堵したのに。貴方、というわけで我が学食研究会に入らない? 入るわよね?」


 美魔女の剣幕と言ったら。

 まさかのサークルへの勧誘だった。いや、勧誘なんてもんじゃない。何と強引なやり方。「カレー好きそう」の前振りは一体何だったんだ。胡散臭い壺を売りつけるセールスだってもっとやり方ってもんがあるだろう。

 俺は胸ぐらを掴まれ、血走った目の美魔女の顔がすぐ鼻の先にあり、吐息が掛かりそうだった。豊満な胸が間近で見れてラッキーとか嬉しいとかじゃない。怖い。早く帰りたい。誰か助けて。

 胸ぐらを掴まれたまま、唯一この中では比較的まともそうな赤縁女子に視線を送ると、見てはいけないものを見てしまったような表情で固まっていた。そしてふいに視線を逸らした。終わった。助けてもらえない。

 メデューサのような、人を射殺せる激しい視線ときつい香水の匂いにより、俺はだんだんと息が苦しくなってきた。美魔女はその見た目の通り、変な能力使いなのだろう。意識が遠のいていく。学食の喧騒が遠くに聞こえる。ああ、俺はこのまま美魔女に食われるのだ。その前に吐くかも。


「……あの、美波里先輩。ごめんなさい。その人は友達でも何でもないです。たまたま近くにいた人です。大学に認められなくて活動費は出なくても、私が個人的に活動しますので安心して下さい。今年がダメでも来年また望みはありますよ。あんまり強引な勧誘は良くない……と、思います」

「茉依……」

「小早川女史……」


 急に胸が軽くなり、俺は美魔女の手から解放された。思わず咳き込む。赤縁……助けてくれたのか? 良い人じゃないか。


「そうね……今日が今年度の活動申請の期限だったから焦ってしまったわ。年三万円の活動費は惜しいけれど、仕方ないわね。大学のサークル活動のホームページから私たちの名前が削除されても、仕方がないわね。削除されたサークルは二度と浮上しないと言われているけれど、仕方がないわね。しょうがないわね。四年生以外の部員が今日の時点で茉依しかいないのだもの。そうね。しょうがないわね」

「仕方ない。学食研究会、創立から三年の歴史が今日この日に閉じられても心には残りますからな! 今日、この日に歴史が閉じられても!」


 実に未練たらたらだな……メンバーにそもそもの問題があるのではないだろうか。口調のおかしな太った男に年齢不詳の美魔女。そして比較的まともそうな赤縁女子。

 赤縁を見ると、非常に落胆した様子で下を向いていた。

 えぇ……このまま席を立つのが気まずいことこの上無し。後味が悪過ぎる。まぁ、別に元々の部活はやめたばっかりだし、何かに所属していても悪くはないか。一年間暇になったわけだし。

 そして何よりもこんな珍獣たちに囲まれている赤縁が非常に不憫に思えてならなかった。こんな奴らと一緒にいたら誰も寄り付かないぞ。貴重な大学生活を棒に振るうことになりかねない。


「ええっと……つまり、サークルを継続申請する為の人数が足りてないと。名前だけで良かったら貸しても良いですよ。幽霊部員ってことで……」

「じゃあここに住所氏名をお願いねっ」

「ありがとう! 名前も知らない人! 我が学食研究会の救世主現る、ですな」


 美魔女は恐ろしい程の速さでテーブルに一枚の用紙とボールペンを置いた。素早過ぎてどこから用紙を出したのかわからなかったが、恐らく胸元からだったと思う。その胸は鞄なのか。

 言われた通りに、氏名、学年、住所、電話番号を記入する。俺の書いた名前の上には「小早川茉依(こばやかわまい)、一年生」の文字が。そうか、この赤縁は新入生だったのか。


「じゃあ今からさっそく提出して来るわね! 今井大輔(いまいだいすけ)ありがとう! あ、これお礼と言っては何だけどあげるわ。今井大輔」

「今井氏。私からもお礼を受け取って下され。さ、これを」


 二人は月見うどんとカレーを俺の方にずいと差し出した。昼代が浮いてラッキー……と、素直には思えない。あまり嬉しくはない。食欲も無いし。


「じゃあ今日はとりあえず二人で親睦を深めててちょうだい! ルミナス今井大輔! イリデセンッ今井大輔!」

「歓迎会を企画しなければ!」


 意気揚々と二人はその場を後にし、嵐が過ぎ去った後のように静かになった。それと同時に美魔女の香水臭さが薄れた。俺はあまりの急展開にぼんやりと二人の背中を見つめていた。

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