もうどうでも良い。許す。喜んで!
「いやー狭かったなぁ」
俺は学食の入っている建物から外に出ると腕を伸ばして伸びをした。
「すごい賑わってましたね。学生さん達に欠かせない大事な場所って気がしました」
「いや、でもさ。皿もスプーンもトレーもやり過ぎだよ。ドヤァってしてる。目が校章の羽ペンになるところだよ」
「大学はそれくらい個性がないとですよ。もう、校内を歩く学生さん達が校章の羽ペンにしか見えなくなってきました。こんな効果があったなんて……!」
まぁそれはかなり言い過ぎだけどさぁ……。
「私は好きです。感動しましたし。また来たいです。次はカツカレーを食べたいなぁ」
小早川さんはえらい前向きで感心してしまう。慶永の学生ではないアウェー感が半端じゃないので、俺は少し居心地の悪さを感じていた。
「あの、じゃあ後でカレーの点数は私に連絡を下さい。サイトに載せます。ホントに美味しかったですね」
「まぁ、そうかな……俺は鷹田の学食のカレーの方が好きかも。スパイシーで。ここはちょっと甘口だったかなぁ」
2人でカレーの感想を言い合っていたところ、先ほど1席ずれて席を譲ってくれた男子学生が建物から出てきた。
俺達の横を通り過ぎようとした時、
「学食の味も質も、学生の質も慶永の方が遥かに上」
はっきりとそう聞こえた。
「は?」
わけがわからなかった。敵意を向けられた……のか? 嫌味?
隣りにいる小早川さんも男子学生の去り行く背中を眺めていた。小早川さんにも奴の捨て台詞は聞こえたはずだ。
「何だ今の? ていうか何で俺達が鷹田って分かったんだ」
「これじゃないですか?」
小早川さんは持っているバッグを持ち上げて見せてくれた。持っていたバッグには鷹のぬいぐるみがぶら下がっていた。これは……我らが鷹田大学のマスコット、ホークス博士。知る人は知っている、どこに需要があるのかわからない特にこれといった特徴の無いキャラクターだ。ただ、クチバシが鷹田の「T」になっている。
「……でも、生で鷹慶戦を見たって感じがします!」
小早川さんは目を輝かせて喜んでいる。
我々、鷹田大学と慶永大学は往年のライバルと言われている。俺は一度も意識した事はなかったが。むしろここを受験して落ちてるし。大学側から俺を拒否しておいてどうなってんだ。
初対面の慶永大学の学生に去り際にあんな台詞を吐かれるとは。スマートで良い人だと思った人が、俺達が鷹田の学生だとわかった途端に豹変したのだろうか。恐ろしい……っていうか、普通、赤の他人に嫌味とかいきなり言わないだろ。間違いなくヤベーヤツだ。
この場所は俺達鷹田の学生はいてはいけない。ここはやはり敵地と言わざるを得ない。危険だ。
「出よう。ここはやっぱりヤバい」
「面白いですよね。後で美波里先輩にさっきのことを知らせておこうかな」
小早川さんは何とも思っていないようだった。まぁ、嫌な気分にならなかったのなら別に良いけど。俺は驚いたし、やっぱり相手は敵だなと思った。
他の建物も見たいとのんきに言っている小早川さんを急かし、俺達は足早に門を出た。
門を出ると、来た時とは道路に並ぶ店のラインナップが違う。どうやら入って来た時とは違う門から出たようだった。とりあえず駅を目指す。
向かいから歩いて来る人達とは逆の流れで道路沿いを駅に向かって歩く。歩いて来る人達はほとんどがこれから講義に出る慶永生だろう。どいつもこいつも何とも思っていませんみたいな涼しい顔をしているが、心の内では俺達を敵対視しているのかもしれない。やはり慶永は敵。心に刻んでおく。
「あの……今井先輩」
「ん? 何?」
向かいから来るすれ違う学生達の顔を睨め付けていると、ふいに小早川さんから声を掛けられた。
「たぶん、ここから東京タワーまで歩けると思うんですけど……見えてますし。一緒に東京タワーに行ってくれませんか?」
今、何て?
立ち止まり、小早川さんの視線の先に顔を向けると、建物と建物の間、道路の真ん中に赤くそびえ立つ東京タワーが見える。
「東京と言ったら東京タワーだと思ってて。せっかく東京に出てきてますし。でも1人で行くのはちょっと行きづらいなぁと。なので一緒にどうかなと思いまして。ただ、入場料は先輩の分は払えませんけど……節約してまして。それでも良かったら……」
最後の方はもごもごと言っていてあまり聞き取れなかったが、学食と何ら関係が無いな。すなわちこれはデートと言える。いや、デートだろう。デートと言わせて下さい。これはデートだ!
まさか小早川さんの方から誘ってくるとは。据え膳食わぬは何とやら。断る理由はない。
「別に良いよ」
「わーホントですか! ありがとうございます! 東京タワーはあっちです!」
小早川さんは真っ直ぐに腕を伸ばし、道路先に見えている東京タワーを指差した。
さっきまでは俺の後ろを歩いていた小早川さんは、張り切って前を歩き出した。
これは……もしかして、もしかするのでは?
小早川さんのバッグについているホークス博士がゆらゆらと揺れている。
※本話の内容はフィクションであり、実在の大学とは無関係です。