え、天使?何?
小早川さんによると、ここの大学は食事ができる学食が計4つあるらしい。
その中の一ヶ所の学食が歴史があり有名で、そこの名物メニューである「カレー」を食べたいとの事だった。
「あった、ここです。ここ」
スマホを見ながら構内を歩き、突き当たりの建物の中にあるのが名物食堂の「秀峰食堂」だった。建物内では「秀峰食堂」と書かれた案内がそこかしこに貼られているので迷うことは無かった。
食堂に入るとまず、壁に大きく掲げられていた校章の旗が目に入った。ここでも自己主張が激しかった。いっそのこと清々しすらある。どんだけ愛校心が強いんだ。
テーブルは横一列にみっしりと並んでおり、テーブルごとに分けられていないので、食堂利用者が多いと強制相席になるつくりだった。今はちょうど昼時間の真っ只中なのか食堂内は大混雑。学生と相席になるのは必須だった。1人だったら即座に帰っていたところだ。
「ちょうど授業と授業の間の時間だったみたいですね」
「どうする? 時間ずらしてまた来る?」
「うーん……席がバラバラになるかもですけど、ちゃっと食べてちゃっと出ましょう」
食券販売機の行列にそのまま並び、順番を待つ。食堂の中を見渡すと、食品サンプルの棚なんかもあり、なぜかその中には校章のプリントされている皿や、校章入りのメガホン・校章の旗が飾られていた。校歌らしきものが彫られている板の飾りが食券販売機の上にも飾られてもいた。
見渡せば校章に囲まれ、入学したその時から強烈な愛校心を無理やり植え付けられるのかと胸やけがしそうだった。なるほどね。そりゃあOB・OGの繋がりも強いわけだ。
列は順調に流れ、前に並んでいる小早川さんに続き、食券販売機でカレーを発券して無事にカウンターにいるおばちゃんからカレーを受け取る。
カレーが盛り付けられている皿ももちろん校章がプリントされている。もう、校章を見ても何とも思わなくなってきた。この大学ではこれが普通なのだろう。
「席が……空いているところがあれば良いんですけど……」
俺も小早川さんもカレーの乗ったトレーを持ちながら、どこか2席空いていないか見渡しつつ歩く。学食の席はほとんど埋まっていて、ぽつぽつと1席だけ空いている状態だった。
「あ、私、ここに座ります」
小早川さんのトレーを置いた席の隣りには人が座っており、その隣りは空いている。人を挟んだ状態だが仕方がない。トレーをテーブルに置こうとした時、
「あ、どきます。ここどうぞ」
間に挟まれて座っていた男子学生が椅子から立ち上がった。
「すみません」
「ありがとうございます」
俺と小早川さんがお礼を言うと、男子学生は俺が座る予定だった席に食べ途中の食事の乗ったトレーを動かし、その席に学生が座った。
え……めっちゃ良い人じゃん。ここの学生だよな? スマートじゃん。
席を譲る所作がごくごく自然で、普段からそういう事を日常的にしてきている人なのだろうと思われた。
俺も席に座ろうとして椅子を引くと、席を譲ってくれた男子学生の座る椅子に引いた椅子がコツンとぶつかった。隣りと隣りの席の間隔は狭い。
「すみません」
「いえ、大丈夫です」
特段気にする様子もなく、俺にかすかに微笑むと男子学生は食事を続けた。
え……何、爽やかだし。ここの学生達ってやっぱりこんな感じなのか? 余裕があるというか。気品があるというか。駅前でバカ騒ぎしてるどこかの大学生とは雲泥の差だ。
「頂きます」
気付けば小早川さんは両手を合わせて早々とカレーを食べていた。俺も後に続いてスプーンでカレーをすくおうとしたところで気が付いた。
皿だけでなく、スプーンの柄の部分にも校章がある。ふとトレーを見るとカレーの乗る皿の下にうっすらと校章の模様がプリントされているよう。どうやらトレーの全面に校章が施されているようだ。とりあえず見なかったことにした。
「にんじんは……私のには入っていないみたいです。具は豚肉と玉ねぎみたいですね。」
「ジャガイモも無いしね」
「こんなにルーがなみなみとかけられて。私、シャバシャバのカレーってあんまり食べたことが無いんですけど、贅沢ですよね。ボリュームがあって最高ですね」
「そういや周りも男子学生が多い気がする。他のメニューもボリュームあるのかも」
「学生の味方ですね。きっとずっと永くから学生から慕われているんですねぇ」
小早川さんは目を輝かせながら、カレーを眺め、そして写真をとった。
「お皿にも校章がありますし。何ていうか……愛がすごいです」
「そうかな……」
逆に校章だらけで怖くない? と言葉が出そうになったが、言うのはやめておいた。周りはここの学生ばっかだし。
小早川さんはカレーをゆっくりとスプーンにのせ、そしてまたゆっくりと口の中へと運んだ。俺は普通にカレーを食べた。まぁカレーはどこも味があまり変わらないというか。普通じゃないか? 強いて言えば、ルーが多いので米にたっぷりルーを絡ませることができるのは良いかもしれない。もう少し具がほしいところだが、この値段でこの量のカレーを食べられるのだから納得だ。
小早川さんがスプーンを皿に置いたまま、あまり食が進んでいないように思えたので隣りを見ると静かに涙を流していた。
「え、ちょ、ちょっと……どうしたの?」
向かいに座っている男子学生もちらちらとこちらを見ている。まるで俺が泣かせたみたいじゃないか。何? 小早川さん大丈夫? いや、前にも食べた後にこんな風に涙を流してなかったっけ。
「カレーが……カレーの味が優しいのとどこか懐かしさがあるのと……食堂の方の大学や学生に対する思いと、学生さんの愛校心が。何だかその気持ちが見事に重なっている素晴らしい味だなと思って」
ちょっと、何を言っているのかわからない。
味に対しては具体的に何にも感想ないじゃないか! まるで抽象的な感想だ。
「この食堂で食事ができる学生さん達は本当に幸せですね」
小早川さんは涙を拭いながらにっこりと笑った。
ああ……何だろう。何て綺麗な清い笑顔だろうか。
その時、天使が頭上からラッパを吹きながら舞い降りた……ように見えた。天使は羽を広げ、小早川さんの周りをゆっくりとぐるぐる回り、彼女のいる一画にだけ天井から光がさした。すると、天使が手にしていた弓を引き、先にハートがついた弓矢を放った。ハートの弓矢は数本が勢い良く飛び出し、辺りにいた男子大学生、そして俺の胸に深々と刺さった。
──トゥンク。
胸が高鳴った……ような気がする。痛みは無い。
何だよこれ……胸の奥がほんの少しだけ温かくなった気がする。
はっと気が付けば光も天使も消え、向かいに座っている男子学生2人が、ぽかんと口をあけて小早川さんを見ていた。何かおかしな光景を一瞬見た気がしたけど、気のせいか? とにかく、この男子大学生達も尊い姿の彼女に見とれていると見た。
「小早川さん、混んでるし早く食べて出よう」
「は、はい! つい感慨にふけってしまいました。そうですね。食べましょう」
その後は普通にカレーを食べ、学食を出た。