やっぱり可愛い
特に目立った特徴のない駅だった。
改札のすぐ目の前にカウンター席だけのチェーン店のカフェがあり、熱心にパソコンを見ている人が数人いる。改札は一ヶ所しかなく、改札から出た人は西口か東口か左右に別れて歩いて行く。オフィス街にある駅なんだろうなぁ……ずいぶん前に来た時と何ら駅の印象は変わらない。
俺は改札を出ると、改札のすぐ向かいにある壁際で待つことにした。小早川さんとは駅で待ち合わせている。彼女はまだ来ていない。
未島の家での歓迎会以降、研究会メンバーの誰からも特に連絡は無かったが3日前に突然小早川さんから連絡が来た。他大学でのランチの誘い。サークル活動だ。
小早川さんとは大学の最寄り駅待ち合わせということで、用事が無ければ特に来ることも無いこの駅に今日は来ている。
ひっきり無しに改札から人は出てくるが通勤・通学ラッシュの時間ではないので人の流れは比較的穏やかだった。
何人か同い年くらいの人々が同じように改札前の壁際やデカい柱の前でスマホをいじりながら立っている。待ち合わせだろう。恐らく今から行くところの大学の学生だ。この駅が最寄りの学校と言ったらそこしかないもんな。たぶん。
今となってはどうでも良いし、過ぎたことだし、今の俺があるから近くでスマホをいじっている学生を見ても何とも思わないが……俺、ここを受験して落ちてるんだよな。
ここに受かってたら別の人生があったんじゃないかと思う。それこそ留年してなかったんじゃ。
いや、そうそう人間性は変わらないから結局は同じく留年していたかもしれない。ひとつ言えることは大学で出会った奴らとはこの大学に進学していたら出会えない。それこそ小早川さんとも。未島と美魔女とは出会えなくても別に良いが。
改札からスーツの男が出てきて、俺の近くでスマホをいじっていた学生と合流して歩き出した。こいつら就活中の4年生だったのかよ。
「今井先輩。お待たせしました」
ふいに声を掛けられ、大学4年生2人組を視線で追っていた意識が自分に戻って来た。
「5分前に着いたと思ったんですけど……先輩、早いですね。待たせちゃいましたか?」
「いや、別に大丈夫」
小早川さんはいつもの赤縁眼鏡にTシャツカーディガンとラフな格好だった。少し細身のデニムを履き、派手さは全く無い。髪は緩くひとつに結んでいた。素朴だが元来の清楚な雰囲気とマッチしており、何かもう可愛かった。上から下まで可愛かった。あれだな。何を着ても似合うなこの人は。
今日、この場所で2人で並んで歩く姿を杉本に見せたかった。杉本、就活でこの駅周辺にいないかな。確かこの辺りに有名なコンサル無かったっけか。
小早川さんはスマホの画面を指でタップしたり、なぞったりしている。大学までの道のりをマップで確認をしているようだった。
「大学はあっちだよ」
スマホを見ていた小早川さんが顔を上げる。
俺は西口の先にある歩道橋を指さした。
「そうなんですね。来た事あるんですか?」
「うーん……まぁ、そんなところ」
あまりいろいろ聞かれても困るような気もしたので曖昧な返事をしておいた。別に受験して落ちた事は話しても良いが、何となく言いたく無かった。いや、待てよ。小早川さんもここは併願で受験してるんじゃ?
まぁ、良いか。今はもう過ぎた事だし。
とりあえず俺が小早川さんより少し先を歩く形で大学へ向かうことにした。
駅から歩道橋を進み、道路を渡ったところで階段を降りるとすぐにごちゃごちゃとした小さいビルが立ち並んでいた。商店街のようだった。だいたい昔からある大学の周辺はこんなもんだよな。
商店街にはパチンコ屋があって、ダメな学生は一日中パチ屋で過ごす。朝からパチ屋に行き午後の授業に出るってパターンもある。俺はというと出席だけとった後に授業を抜け出してパチンコをやっていたクチだ。どこの大学生もだいたい似たようなことやってんだよな。
「飲食店ばっかりですねぇ……」
小早川さんが辺りをキョロキョロとしながら俺の後をついてくる。
「何となく雰囲気はうちの大学の周りと似てる気もします」
「まぁ、大学の周りなんてだいたいこんなもんでしょ。大学名がついた通りに飲食店があって。小早川さん、ここ来るのは初めてだっけ?」
「はい」
「併願で受ける人も多いけど、ここは併願してなかったんだ?」
「はい。私は学内併願とあとは他の大学で……」
そうなんだ……他にはどんな学部を受けたんだろう。他の大学はどこを受験したのか……。踏み込んで聞きたい気もしたが、それはやめておこう。
「あ、すごい。学生は650円でご飯と味噌汁はお替わり無料って。安いですね」
店の外に出ていた手書きの看板を見て小早川さんは立ち止まった。
「650円って学食価格ですよ! すごい。良いなぁ……今日の日替わり定食は牛バラ肉のガーリックソテー。美味しそうですね」
「あー、まぁ……そうだね」
「ご飯をおかわりしてガーリックソテーでお米は2杯いけそうです。良いなぁ……」
小早川さんは実はよく食べる人なのか?
「そういや大学の近くにもこういうガッツリパワー系の店あるよ。学生証を見せれば確か割引あるし」
「え、そうなんですね! 知らなかった」
『今度、店に連れてくよ。一緒に行こう』
……などとはとてもじゃないが言えなかった。気の利いた台詞がとっさに出てこない。
「……今度、店教えるよ」
「ありがとうございます!」
自然な流れで次回会う約束を取り付けられたかもしれないチャンスをみすみす逃してしまった。