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あなたと食べたい学食で〜食べて悩んで味わって、あるのは恋か幻覚か〜  作者: 汐見かわ
3章 未島宅_パーティープレート(悪意があるのかお前は!)
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終わった

「俺みたいにどうしようもない理由で留年とかマジでこんな学生になっちゃダメだよ」


 へらりと笑って見せて、彼女に視線を向けた。

 俺は臆病だ。それは自覚している。

 急に知られてほしくなかった留年をバラされて、小早川さんがどう思ったのか確認したかったのだと思う。必修の単位を取り忘れるというヘボい理由で留年した俺を小早川さんはどんな風に見たのだろう。

 彼女の表情は眩しすぎるヘッドライトに照らされて逆光でわからなかった。


「……あの美魔、美波里さんにキツく言われてかなりへこんだわあ。俺もそりゃあショックだったわ。こう……何だろね。まさか取り忘れるとはさ」


 小早川さんは前を向いていた。うんともすんとも返事をしてくれなかった。

 きっと「誰にでも失敗はありますよ。これから頑張れば良いんですよ」そんな言葉を彼女に期待しているのだろう。小早川さんは良い子だから。きっと優しい人だから。

 二人の影が長く伸び、横にある壁にぶつかった。さっき通り過ぎた車が信号で止まっているのだろう。


「美波里先輩のあの言葉はたぶん今井先輩じゃなくて、自分自身に言った言葉だと思いますよ」


 エンジン音と共に、ヘッドライトの光は一瞬で俺達を抜き去った。


「美波里先輩は医学部を目指してたって……三浪してると言ってました」


 うちの大学に医学部は無い。そうか、美魔女は別の大学の医学部を目指してたんだ。医者になりたかったのか?


「家が医者の家系だそうで、お兄さんがいるそうなんですけど。自分だけが医学部に行けなかったと……家族からは完全に落ちこぼれ扱いされているって。お前にいくらかけたと思ってるんだって言われたと……」


 しかし、医学部から文学部である政治経済学部に方向転換するってかなりの力技だぞ。目指す方向が違い過ぎるとは思うのだが……。


「経済を学んで会社を立ち上げて、親よりも稼いで仕返しするそうです」

「そうなんだ……」


 美魔女らしいといえばそうかもしれない。すごいバイタリティだ。

 いつも過激な格好をしているのはその反動からだろうか。いろいろと苦労してるんだな。見た目からじゃ全くわからないが。


「お父さんやお兄さんに言われた言葉がいつも頭の隅にあって、思い出す度に悔しくてそれをかてに頑張るんだって言ってました」

「へえ……いつか自分の会社を立ち上げるってことかな。何か凄いな」

「今井先輩と自分が少し重なったんじゃないかなぁと思います。美波里先輩は自分にとても厳しい人ですから」


 そうか? 明らかに俺に対して言ってる感じがしたが……いや、言って無かったとしても美魔女の言葉に大いに傷付いた。「親不孝者」その通りだと思う。大学の授業料を払っているのは親だ。俺が傷付いたのは、その通りだと自分も認識しているからだ。

 何かやりたいことや、打ち込んだものがあって留年したわけじゃない。単なるうっかり。理由を聞いたら大多数の人間が「親不孝者」そう思うに違いない。


「はぁ……やっぱへこむわ。戻れるものなら戻りたいよ。同じ学年のヤツらみんな知らない人だし、話す相手いないし。就活一年遅れるし。留年の理由聞かれたら答えらんないよ」


 やがて車の走る通りから一本左に入り、静かな住宅街へと出た。目の前に木に囲まれた暗い空間ある。公園だろうか。


「でも先輩は人よりも経験がある三年生になるじゃないですか」


 小早川さんは足元を見ている。

 時おり吹く風は生ぬるく、緩やかだった。


「上手く言えないんですけど……だいたいの人は普通に進級しますけど、先輩は留年を経験するじゃないですか」

「いや、経験しないにこしたことはないでしょ」

「失敗は必ずあるじゃないですか。それに痛みとか弱さのわかる人って……」


 わかる人って……?

 俺は小早川さんの次の言葉を待った。何かとても良い言葉をかけてもらえる気がする。

 ごくりと唾を飲み込んだ。


「そういう人も世の中にはいると思います」


 彼女は顔を上げ、はっきりとした口調で言った。赤縁眼鏡の中の瞳は揺るぎ無い。


「え……うん。そうかも?」


 何だろうこれは。

 別に肯定も否定もしない微妙な表現だな。どう反応したら良いかわからないぞ。


「みんながみんなきちっと生活してるわけじゃないですし。アリの世界と同じですよね」

「アリ……の世界……」


 公園の木々が風に揺られてざわめいた。

 待て。アリの世界ってあれか。2:6:2の法則。良く働くのが2割。働いたり働かなかったりする普通のアリが6割。そして残りは……。


「今井先輩、今日はありがとうございました。私の家はすぐそこなので……送ってくれてありがとうございます」

「え、うん。そうなの? あ、じゃあここで」

「はい。先輩、ありがとうございます。気を付けて帰って下さいね。また連絡します。おやすみなさい」

「あ、はい……おやすみなさい」


 小早川さんは何度か振り返り、ぺこりと頭を下げ公園のわきを通って去って行った。


 生ぬるい風が吹き、公園の木々をざわめかせる。頬に冷たいものがつつと流れた。慌てて拭うとしっとりと指が濡れた。

 まさか、泣いてる?


「何だよこれ……」


 じんわりと目尻に涙がたまるのがわかった。鼻水もたれてきたので鼻をすすった。

 俺はどうやら小早川さんに見限られたっぽい。年下の新一年の女子に「下方の2割の人間」認定されてしまった。

 自分が情けなくて、しかしその通りだよなとも思うし、悔しいのか悲しいのか納得したのかよくわからない複雑な気分になった。


「……帰ろ」


 鼻をすすり、「公園は憩いの場です。学生の皆さんは夜中に騒がないで下さい。お願いします」と書かれた看板を横目にその場を後にした。




 【パーティープレート】

名称、測定不能

値段、測定不能

味、測定不能

見た目、測定不能

ボリューム、測定不能

大輔的所感▶︎なんもない。つらい、しょっぱい。未島の家はトイレが何室あるのだろう。あと美魔女は少し苦手だ。

※あとがき※


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

あいまいな言い方は彼女なりの優しさなのでしょうか……。次はいよいよ他大学に行きます。

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