泣きそう
思っていたよりも新歓は穏やかなスタートだった。まずは未島家の広さに驚いたなどの当たり障りのない会話をしたり、このところの天気の話をしたり。しかし既に一本目の日本酒は半分程の量になっていた。日本酒は美魔女しか飲んでいないのに……だ。ちなみに歓迎会も今さっき始まったばかりだ。
水のように日本酒を飲む美魔女に呆気に取られ、ビールの味が全くわからない。
立ち膝で一升瓶を抱え込み、グラスを煽る姿がなかなか迫力がある。こいつは化け物の化身か何かか?
「ああ、何かこれ水っぽい。冒険して失敗した。いつもの方が良かったかも」
「まぁまぁ、美波里女史。そんなに飛ばさなくても。"鬼の地声"で水なら"閻魔大王殺し"とか"冥界の帝王の母"みたいな名称の方が良かったのでは? ひゅひゅひゅ……」
名前は何となくあやふやに覚えていたが、ぽっちゃりの方は未島永進というらしい。永遠に進むと書いてえいしんと読むのだそうだ。良い名前じゃないか。将来、この立派な屋敷を持つスーパー金持ち未島家を背負って立つ一員っぽい名前だ。知らんけど。
そして美魔女は美波里耀子という名前で、何に驚いたかというと美魔女は大学で一番偏差値の高い政治経済学部の学生だということだ。痴女のような格好で校内をうろつきいろんな意味でちょっとした有名人なのに。俺はまさかと疑ったので学生証を見せてもらったがしっかり「政治経済学部」の文字があった。
そして学食研究会の元部長らしい。
元部長? 元?
「……というわけで、4年の紹介はそんなところ。じゃあ次は1年生の茉依からどうぞ」
小早川さんは烏龍茶の入っているグラスを静かに置くと、大きく肩で息を吸った。緊張しているのだろうか。
「えっと……教育学部1年生です。小早川茉依です。部長です。よろしくお願いします」
「え、部長? 小早川さんが?」
三人に一斉に顔を向けられた。
美魔女に至っては眉間に皺を寄せ、まるで「何言ってんだ、こいつ」と言わんばかりである。
「当たり前でしょ? 4年生は役職に就かないんだから。ちなみに副部長は今井大輔、貴方よ」
「いや、ちょっと、それ聞いてない……」
「まぁ4年生以外が2名しかいないので仕方がないですな」
むひゅひゅひゅと含んだような小さな笑い声を出して、未島は手元のグラスに入ったビールを飲んだ。何がおかしいんだよ、何か腹が立つなぁ。はめられたのか。
「そんなことより茉依は出身が福島県なのよね。良いわよねぇ、福島。食べ物が何でも美味しいし。海の幸も山の幸もあるし。いつかご実家に遊びに行きたいわあ」
無理やり話を逸らされてしまった。
学年的には三年生の俺が部長をやるのが普通なのだろうが、そこは配慮があったと見るべきか。いや、ほだされるな。配慮も何も俺は無理やり入部させられたんだぞ。
横にいる小早川さんを見ると、にこりと微笑まれた。
まぁ、その、あれだ。部長と副部長ということはいろいろと密に連絡を取らなければいけないわけで、つまりはいろいろといろいろ話し合って決めたり話し合ったり、会ったり会話したり会ったりするわけだな。
そうか、それは責任重大だ。
「はい、次は今井大輔」
美魔女は目を合わせず、手酌をしながら言った。
どうでも良いが、なぜ俺は美魔女からはいつもフルネーム呼びなのだろうか……。
「今井大輔です。未島さんと同じ商学部です。よろしくお願いします」
しんとその場が静まり返った。
は? 何だよ! 何なんだよ! 美魔女何か反応しろよ。小早川さんの時のように何かコメント言ってくれよ。好きな食べ物は何かとか、なぜサークルに入ろうと思ったのかとか、他にもサークルに入っているのか……とか。
俺はおかしなことを言ったか? いや、自分の名前と学部を言っただけだ。何だこの空気は。
美魔女はグラスを傾け、グラスの中の日本酒を眺めている。
「あー今井氏。君は留年してますね?」
「へ? いや……? へ?」
未島によって突然に留年を暴露された。
あまりに唐突で頭が一瞬真っ白になった。
その場にいる全員が俺を見つめている。小早川さんもこちらを見ている。
いつか知られただろうが、何もこんな場面で言わなくても。いや、隠していたわけじゃないが、何となく知られたくない気もしていた。
それが、今、この場で未島によって唐突に暴露されてしまった。
「何度か見たことのある顔だなと思ったのですよ。そのぉ……理由はなんです? 差し支えなければ」
差し支えるので理由はなるべく答えたくない。答えたくはないが、きょとんとした顔でこちらに視線を向ける小早川さんに嘘はついてはいけない気がした。ヘタに嘘をついてもどうせすぐにバレるだろう。
「……単位が足りなくて。必修のコマをとるの忘れてて、それで」
「とんだ親不孝者ね」
間髪入れずに美魔女からキツい言葉が飛んで来た。
それは自分でも自覚をしているが、人から言われるとさらに傷をえぐられた気分だ。いや、キツい。急に自分がゴミくそなダメ人間に思えてきた。きっと周りも同じように思ってるだろうな。何だこれ。何で歓迎会でこんな惨めな思いをしなきゃならんのだ。全ては自分が悪いのだが……。
「大学の教務課は不親切ですからね。まぁ、でも留年は4回できますし。どんまいですな。ひゅひゅひゅ」
ひゅひゅひゅ、じゃねぇよ。笑い事じゃねぇわ。こちとら顔を合わせれば親からため息をつかれて家に居づらいっての。
小早川さんはそっと俺の皿を手に取ると、テーブルの上の唐揚げをとって皿に乗せた。唐揚げの次にはコロッケとポテト、そして最後にミニトマトを添えた。
「先輩、食べましょう」
こんもりと皿に盛られた揚げ物は俺の目の前にそっと置かれた。小早川さんが気を使ってくれているようだ。やだ、彼女のささやかな優しさに泣きそう。
「ほら、今井氏。もう過ぎたことですし。ささ、我々二十歳を超えた輩は飲みましょう」
俺はグラスに並々と注がれているビールを一気に喉の奥へと流し込んだ。
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