あ、ソファーですか……
広大で植木の整えられた美しい庭の中に、ぽつんと平屋のプレハブが建てられていた。置かれている、という言い方が正しいのかもしれない。急にこしらえて後からそこに置いた感じがする。
なぜここに?
安っぽい白い壁が辺りと完全に調和しておらず、不協和音を奏でている。率直に言うとプレハブがこの場所に置いてあるのは見た目的にかなり小汚いし怪しい気配がする。
「え……まさかあの汚い小屋が?」
思わず俺の心の声が漏れていた。
未島は「ひゅひゅ」と変な声を上げて笑った。その俺の反応を待ってましたと言わんばかりの未島の態度に少しイラッとする。
「兄が昔使っていた部屋を譲り受けたのですよ。外からの見た目は怪しいですが、中は普通なのでご心配無く」
未島兄はこのプレハブに何を置いてたんだよ……ただの物置きにしては大き過ぎる。動物でも飼ってたのか?
未島が説明をしている側で美魔女はさっさとプレハブに近付き、扉を開けると履いていたかかとの高いヒールを放り出して中に入った。
「ささ、立ち話もなんですからどうぞお入り下さい」
未島の後に続き、小早川さんが中に入る。小早川さんは投げて脱いだ美魔女のハイヒールを並べて玄関の端に避けていた。
美魔女のハイヒールはかかとが高く細いので何度かバランスを崩し、倒れては立たせるという動作を小早川さんが何度か繰り返していた。
そんな美魔女の脱ぎ捨てた靴なんて放っておいたら良いのに。
小早川さんに習い、脱いだ自分の靴を並べて玄関に置いた。行儀が悪いと思われたく無いもんな。俺も気を付けよう。
「おじゃましま……」
顔を上げると、想像していたプレハブ小屋の室内とは別物の洗練された空間が広がっていた。
モノトーンの絨毯がひかれ、手前にはソファーとテーブルとテレビが置かれている。家具は全て黒色で統一されているが、床と壁が白い為にすっきりと見える。都会的だった。
『スタイリッシュ』という言葉を人に使ったことは無いが、未島の部屋はまさにそれだった。これが未島の部屋だと言われても信じられない。どこかの雑誌に載っていそうだ。
「わぁ、素敵な部屋ですね!」
小早川さんが目を輝かせて感嘆の声を上げた。
女子はこういう部屋に憧れてそうだ。金か……未島は見た目はただのぽっちゃり可愛らしいデブだが、やはり金の力で部屋の家具を揃えるくらいどうとでもなるのだ。金の力はすげぇや。悔しくて叫びそうだったが、そこは堪えた。
「ささ、お二人はゆるりとして下され。適当にくつろいで下さい」
自慢気な素振りを微塵も見せない未島にさらに恨みつらみが増しそうだった。
これはどこそこのデザイナーのテーブルで、絨毯は北欧のどこそれのデザインで……とかってウザいうんちくが始まれば、残念度がプラスされ金持ちのステータスにケチも付けられたものを。
「すごいお洒落な部屋ですねぇ」
小早川さんは壁に飾られているビビットな絵画を眺めている。
「全て兄のお下がりですからね。私めはよくわからないのですよ」
「お兄さんは何者なんです?」
「今は海外にいます。仕事は金融系だったかと」
「へぇ……」
よくわからないが、エリート一家そうな匂いがぷんぷんする。
俺は落ち着かず、ほんの少しよろけるような形でソファーに腰を下ろした。
「うっわ! めちゃくちゃ沈む!」
あまりの座り心地の良さに思わず立ち上がってしまった。尻を包み込む優しさが尋常じゃない。革のソファーじゃないのか。
「何だったっけ? 世界で500台の限定生産のソファーだったっけ?」
美魔女が奥の台所から皿やらコップやらを運びながらやって来た。
「どうでしたかな? 私めはよくわかりませんな。ソファーなんて座れれば何でも良いとは思いますがな。ささ、お二人は今日の主役ですからゆるりと座ってて下さい」
再びソファーに座ると尻は静かに沈んでいった。そのまま背もたれに背を預ける。背中もこれまた優しく包まれ、尻も背中も適度な弾力で何とも言えない心地良さだった。これが世界で500台の限定生産の威力か。人をダメにするソファーだ。けしからん。
天井に視線を向けるが、天井は安っぽい板でそういえばここはプレハブ小屋の中だったことを思い出す。
ふいに、隣りがゆっくりと沈んだ。
「ふかふかですね」
小早川さんが手をつきながらソファーに座った。
俺の座っている位置が横に来た小早川さんの重みでさらに沈んだ。自然と体が小早川さん側へと傾いていく。待て待て待て。このままでは小早川さんの腕とくっついてしまう。
慌てて少し小早川さんと距離をとった。ソファーの端の方へと体重を移動させる。
「実家のソファー、こんなにふんわりしてないです。初めての座り心地です」
手をついてソファーの沈み具合を確認しているが、小早川さんの動きが俺にダイレクトに伝わってきて変な感じだ。このソファーに座って映画でも見たら最高だろうな。
横にいる彼女の顔をちらりと覗いた。小早川さんはソファーに夢中で横にいる俺には眼中に無さそうだった。
「さ、始めるわよ。未島君も早く」
いつの間にかテーブルの上にはコップやら食事の乗ったプレートが置かれ、美魔女は両手に一升瓶の酒を手にしている。ラベルには「鬼の地声」「毒蝮女」の文字が。一升瓶の日本酒を持った美魔女が日本酒の銘柄とマッチし過ぎて俺は引いた。
「ジュースと烏龍茶もありますぞ。小早川女史はどちらにします?」
「烏龍茶にします。ありがとうございます」
俺の手元のグラスには美魔女の手から日本酒「鬼の地声」が並々と注がれた。一杯目から日本酒か。そこはせめてビールが良かった。あと、やっぱり何かが怖えよ……。
「よし、全員持ったわね」
全員がテーブルを囲み、手にグラスを持っている。小早川さんのグラスにだけは濃い茶色の液体が揺れている。
「えー、では。始めます。ようこそ学食研究会へ。今はまだ4人しかいないけど、これから盛り立てて行くわよっ! 乾杯!」
「乾杯」
グラスとグラスがカチンと音を鳴らした。