天然?
広い庭の隅の方から未島が小走りにこちらに向かって来ているのが見えた。
本人は頑張って走っているつもりなのだろうが、やや早歩きくらいの速度で広い庭の中をゆっくりと近付いて来る。剪定された見事な木々の横を全体的に丸々とした体を息を揺らしながら男が近付いて来る。
目の前に広がる庭の景色の中にいる未島はでっぷりと肥えていて、どことなくお坊ちゃん風に見えなくもない。温室培養されて美味しく育った豚みたいだなとも思った。ころころ太っていて案外可愛いかもしれない。そして自分の家の大きさとは格段に違う未島家の大きさに経済格差というものをまざまざと突き付けられた気になる。
未島が羨ましい。お前の出自が心の底から妬ましい。俺もこの家の子に産まれたかった。
「はぁはぁ……家まで……わざ、わざ……はぁ……来てくれて……ありが……ございますよ」
未島は大して走ってもいないのに、門の鉄格子につかまりながら苦しそうに息切れを起こしている。
「ちょ……と、今、開けます」
門につかまりながら端の方に行くと未島は上の方に手を伸ばした。途端にギイと大きな音を立てながらゆっくりと門が内側に開いていく。未島は肩を大きく上下させ息を整えている。
最後にひとつ大きく息を吸い、
「や、御三方。ようこそ我が家へ。二人はここへ来るのは初めてでしたな。私めの部屋は離れにあるので多少騒いでも問題無しなのですよ」
苦しそうに言うと、未島は再び深呼吸をした。
門が開ききったところでガシャンと大きな音が鳴り、門は動きを止めた。
「未島君と私で準備はやっておいたの。貴方達は気兼ねなく好きなだけ暴れたら良いのよ」
「俺はともかく……小早川さんは飲めませんよ」
「知ってるわよ。いちいちつまらない男ね」
美魔女は俺をひと睨みしてから先へ進んだ。
つまらない男って……未成年の小早川さんにまさか酒を飲ませようとしているのかと心配したんじゃないか。なぜこんな言われ方をせにゃならんのか。大いに傷付いた。
美魔女なんてそれこそ日本酒が好きそうな雰囲気あるしな。べろべろに酔っ払って人に絡みそうだ。俺に絡んで来ても相手にしてやらないからな。
つかつかとヒールの音を響かせ前を歩く美魔女に続き、俺と小早川さんも後に続いた。
「ひゅひゅひゅ、我々は健全なサークルですからな。どこぞの飲みサーとは違うのですよ。法令は遵守しておりますぞ」
俺達が家の敷地内に入ると、未島は門の隅にあるスイッチらしきものを押してから後から付いてきた。
時間差でぎいと再び音を出しながらゆっくりと門が閉まってゆく。ガコンと大きな音がしたのは門が完全に閉じた音だろう。
小早川さんはその光景が珍しいらしく、時々後ろを振り返り門の方を見ていた。
後から未島が小走りで先を歩く美魔女に追いついた。やはりぜえぜえと息切れを起こしている。
「未島先輩の家、凄いですね。あんなに立派な門がある家って初めて見ました」
「俺もビックリしたよ。ホント、普段どんな暮らししてるんだろ。まさかリムジンで学校来てたりして」
未島が振り返り、
「いや、さすがにそれは。小・中まででしたかな。リムジンではなくベンツで。車はこれ以上はさすがに置き場所がありませんよ。ひゅひゅ」
へらへら笑いながらさらりと言った。
ベンツで送迎されてんじゃねえか! しかも中学生まで!
リムジンだろうがベンツだろうか車の置き場所なんてこの広さの庭ならそこら辺に置けるだろうよ。
親は一体何の職業なのか。聞きたくてしょうがなかったがそこは我慢した。あまり人の家庭のことを根掘り葉掘り聞くのは失礼な気がするし。
「ご両親は何のお仕事をされているんですか?」
小早川さんが素直に質問をした。
驚いた。この子、けっこう踏み込むのね。わざとか? 天然なのか? どっちだ……。
「会社をいくつか持っていて、その資産管理会社を運用しているのですよ。あとは不動産収入ですね。不動産収入の方が本命ですな」
「はぁ〜、不動産。やっぱり土地を持ってると強いな」
思わず俺の心の声がだだ漏れていた。
そういえば美魔女も未島はこの辺りの地主だと言っていた。
広い屋敷があるのに、さらに人に土地を貸してるってどんなだ。前世でどんな徳を積めばそんな家に産まれて来るんだ。
「戦後のどさくさで3分の1くらいはとられたそうですが。それはもう大変だったそうですよ。祖父が良く言ってましたな」
「とられるって……どういうことですか?」
「私めもよく分からないのですよ。父なら詳しいかもしれませんがね」
庭のずっと奥にある木々の生い茂った先に塀が見えている。その塀は洋館に遮られ端まで見えず、一体どこまで続いているかわからない。実は国立公園くらいの広さだったりして。まさかね。
何だかよく分からないが3分の1の土地をとられても、これだけの広さの家だ。先祖はこの辺りの地主というか東京都の半分くらいを統治していた影の徳川家か何かだろうか。
未島と仲良くなって親に媚びを売ればそのうちに養子として迎えられたりしないだろうか。しかし未島と兄弟になるのは嫌だ。瞬時にそう思った。未島の独特な笑い声が頭に響く。
そんなことよりもさっきからずっと歩いているが、まだ離れに着かないのかよ。
「あ、私めの離れはあちらです。見栄えのしない場所ですが」
未島が指差す方向に小さいプレハブが見えた。