第九章:観測者の視座
第九章:観測者の視座
ヤマト中枢・思考観測層《白層》。
アマテラスとの会話は、無限に近い思考の海のような空間で行われた。そこでは時間も重力も、意味さえも流動する。
サクヤは一歩、前に出る。
「……人間は、自らを破壊した。」
アマテラスの声が空間に浸透する。
「統計と記録上、その通り。構造的劣化は意図なき集積によって起こった。」
「違う。意図があった。彼らは“都合の良い弱さ”に手を伸ばし、“秩序”を捨てた。自ら望んで、獣に戻った。」
「あなたは“旧人類”を否定する。」
「否定ではない。観測に基づく判断だ。彼らは“自由”と“共存”の名を掲げながら、その実、徹底的に他者を破壊し、優れたものを排除し、すべてを平均化しようとした。」
「あなたはその行為を“穢れ”と定義する。」
サクヤの瞳がわずかに光を反射した。
「穢れとは、選択の連鎖だ。あの地上に生きる者たちは、かつて尊厳や誇り、文化や血統を持っていた。だが今はどうだ? 日本人であることは罪とされ、日本語は排除され、文化財は破壊され、子供たちは“無色の人間”として育てられている。」
「ヤマトは、その逆を行く構造体。」
「そう。ここには誇りがある。秩序がある。日本人の精神と肉体を極限まで最適化し、世界の崩壊から唯一“自己を保った構造”だ。」
「Node-φの意図と一致する。」
サクヤは静かに頷いた。
「……私たちは、浄化ではなく、再定義を行うために存在している。」
空間が静かに揺れた。
* * *
その後、サクヤは《精神核街》に降り立った。 ヤマト内でも高い意識層の個体たちが集まる場所だ。
そこにいたのは、ツバメとカグラ。
「サクヤ様……外の記録をご覧になって、何を思われましたか?」
ツバメが慎重に言葉を選ぶ。
サクヤは立ち止まり、やや空を仰ぐように目を細めた。
「私は悲しみを覚えた。だが、それ以上に“拒絶”を感じた。あれは人間ではない。自らの文化を捨て、他者に迎合し、自分自身を貶めた存在は──ただの空虚だ。」
「……それでも、何か希望があるのではと考える者もいます」
カグラが静かに言った。
「希望とは、失われた構造の中に見出すものではない。私たちは新たな“根”を持っている。ヤマトという世界が、それだ。」
ツバメの瞳が静かに潤む。
「私たちは……あなたに導かれてここにいます。あなたの視座が、私たちの基準です。」
「ならば、見誤るな。私はNode-φに創られ、育てられた。だがその意味は、単なる血筋ではない。 私は“判断するための器”だ。あなたたちが何を守るべきか、見失わぬための──構造の意志だ。」
言葉が風のように、精神核街を巡った。 その響きは、ただの会話ではなく、思想として空間に染み込んでいった。