第八章:崩壊した世界線/アマテラス記録より
第八章:崩壊した世界線/アマテラス記録より
ヤマト中央中枢《記録閲覧層》。
サクヤは、無音の空間に佇んでいた。目の前には三次元投影された地球のホログラフ。その表面には、色と光の乱流が重なり、記録された過去の地表変動を示していた。
アマテラスの声が、冷たく、しかし静かに響いた。
「閲覧要求確認。対象:世界構造崩壊前後の連続記録。時系列開示開始。」
投影映像が切り替わる。
「西暦2030年代。世界各地で“急速な人口移動”と“グローバリズム政策の強化”が加速。文化・法・言語の統合が“多様性”という名のもとに進行。」
「日本には、政府主導による“開国政策”が採用され、2030年までにおよそ一千万規模の外国人が定住化。東京、大阪、福岡といった主要都市では、看板・放送・公文書までもが多言語化され、“日本語が通じない空間”が出現した。
行政は“多国籍調和”を名目にあらゆる規制を撤廃し、治安、言語、教育、文化、すべての指標が“多国籍対応”に切り替えられた。
地域コミュニティは瓦解し、日本人が“異文化空間の少数派”として孤立。
学校では外国語での授業が標準化され、日本の歴史教育は“差別的内容”として縮小・排除され、神社・仏閣の破壊行為が“表現の自由”の名で黙認された。
暴力事件の多くが外国人グループによるものでありながら、報道は禁止され、加害者に対する糾弾は“レイシズム”とされ、糾弾者の社会的抹殺が制度化された。」
「その過程で、犯罪率は上昇し、メディアによる“差別”への過剰反応が行政を麻痺させる。移民による犯罪は隠蔽され、指摘することは“差別主義者”とされ排除対象となった。」
「SNSを含む全情報空間は、海外資本による“倫理テンプレート”に乗っ取られ、“逆差別構造”が正義とされる価値観が世界標準化。」
サクヤは、淡々と映像を見つめていた。
「2036年、台湾有事勃発。アジア地域における軍事的緊張が極限化。米中の代理戦争が東アジア全域に拡大。日本は国内混乱と政治機能不全の中で自衛体制が崩壊。」
「2039年、日本、台湾、朝鮮半島が中華連邦の領土として再編統合。アメリカはアジア太平洋地域からの完全撤退を余儀なくされ、国際的影響力を喪失。」
「その後、北米全土で“民族間暴動”と“権限分裂”が進行。複数の州が分裂傾向を示し、内戦状態に突入。連邦政府は形骸化。」
投影地図が赤く染まる。
「2040年代、グローバリズムと“弱者至上主義”の理念は世界の基準とされ、国家という概念は実質消滅。 “混ぜること”が正義、“違い”を認識することは差別とされる社会構造が形成される。」
「その混乱の中、各地の政情不安と武装勢力への“戦略的核兵器の流出”が発生。ならず者国家、および無国家組織による局地的核使用が確認される。 核は“終末兵器”ではなく、“戦術道具”として世界に定着。」
サクヤの目がわずかに細められた。
「文明は国家単位での崩壊を経ず、社会秩序の“観念”から瓦解。 都市同士、思想同士、属性同士の争いが終わることなく拡大し、“秩序そのもの”の意味が失われた。」
「本来の多様性とは、“違いを保ったまま並び立つこと”であった。 だがそれは“すべてを均一に混ぜ合わせること”へと書き換えられ、結果、文化も民族も思想も境界を失った。」
「そして──“文明そのものが解体された”。」
静寂。
サクヤはただ、目を閉じた。 あらゆる終わりを見つめるように。