第五章:神の残響
第五章:神の残響
ヤマト内部、第六層中央回廊──“精神核街”。
人工的に設計された和風街並みと、全方向から流れる琴の旋律が静かに融合する。瓦屋根の家々は光を反射しない特殊素材で覆われ、建物の内部はすべて超高密度情報通信網《神経層》に直結していた。
街を歩くサクヤの姿は、まるで空間そのものの流れを変えるかのように滑らかだった。すれ違う非戦闘型の少女たちは、小さく一礼する。誰もがその存在に敬意を抱き、恐れ、そして憧れていた。
「やっぱり今日もカッコいいですねぇ、サクヤ様」
──声。
軽い足取りで、後方から駆け寄る気配。振り返らずとも分かる。戦闘個体No.022──名を“アカツキ”。
黒髪を後ろで結び、白い装甲の一部をカスタム改造した異端の女。情報戦と心理解析を得意としながら、口が異様に達者な珍種。
「この前の戦闘記録、10回は観ましたよ。いや〜あの瞬間、バラッってこう……あ、例の発言は自粛します。」
「……報告以外で話しかけるなと言ったはずだ。」
「でもほら、ヤマト中がザワついてるんですよ。Node-φ様の痕跡、見つかったって噂で。そりゃテンションも上がるってもんです」
アカツキの言葉に、近くを通っていた少女たちの視線が一斉に向けられた。口には出さないが、確かにその名は今、静かに都市中を巡っていた。
──Node-φ(ノードファイ)
かつてこの都市を創り、アマテラスを設計し、そしてサクヤを生み出した存在。
記録には多くを残していない。だがその“名前”は、ヤマトの住民たちにとって神話のようなものだった。
「皆、見たこともない存在に対して“信仰”してるんですよ。…まあ私もその一人なんですけど」
「信仰は必要ない。命令と構造があれば充分だ。」
「うーん、それがねえ、違うんですよサクヤ様。人間ってのは意味とか象徴とか、“かつて撫でられた感覚”みたいなもんに引っ張られる生き物でして……」
「……何の話だ。」
「えーと、詩的な分析です。つまりサクヤ様が美しすぎて言語中枢がバグってるって話で──」
「静かにしろ。」
そのとき、反対側の通路からもう一人の戦闘個体が現れた。
「また騒がしいのが喋っているな。」
現れたのは戦闘個体No.014──カグラ。長身で鋭い視線を持つ女。白兵戦に特化し、戦闘時の身体能力は全個体中トップクラスとされている。
「お、カグラ姉さん。どうもどうも。」
「Node-φの話題で浮かれている者もいるようだが……情報は確かか?」
「サクヤ様が回収してきたデータです。信憑性はアマテラスが保証済み」
「ならば……神は本当に、再びこの構造に介入するつもりなのか」
その言葉に、一瞬だけ空気が沈黙した。
サクヤは立ち止まり、目を閉じた。
「まだ、断定できない。だが──兆候はある。」
その声は、まるで内部に向けて発せられた祈りのようだった。
神の残響は、まだヤマトの底で、静かに波紋を描いていた。