表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

完全自動栄養食

作者: 冴蔓湖禽

1

 ぼくのゆめ   にじょう たくま

 ぼくのゆめは、おりょうりロボットをつくることです。

 おかあさんは、まいにちごはんのじゅんびでいそがしそうです。だから、ぼくがおおきくなったら、かわりにおりょうりをしてくれるロボットをつくりたいです。そうしたら、もっとたくさんおかあさんとあそべるとおもいます。


2

 家事の自動化において、食事の準備ほど遅れているものはない。

 掃除はお掃除ロボットがしてくれるし、全自動洗濯乾燥機も普及した。衣・食・住のうち、衣と住に関する日常的な手間は飛躍的に軽減されている。食においても、片付けに関しては食器洗い乾燥機が普及している。しかし、献立の決定や食材の選定には栄養学的スキルが要るにもかかわらず、十分な教育がなされないまま各個人に任され、調理方法に及んでは未だに原始時代と同じく、煮る・焼く・茹でる・蒸す等が手作業で行われていることが多い。電子レンジだけで調理が済めば良いのだが、そういう献立は少ない。その他各種調理家電も活用されずに箪笥の肥やしになることが多いのは、料理をする者がそれを使いこなす前に、いつも通りの慣れた手順で作業する方が楽に感じて諦めてしまい込んでしまうからである。

 折しも超高齢化社会の到来と共に健康施策が求められ、睡眠や運動と共に健康維持の要である食事について、行政も改善策を検討する世の中になっていた。


3

 二条拓磨は、小学生の頃から起業を経験している生粋の起業家であり発明家である。

 彼は小学一年生の時の作文に書いた通り、高校生の時にお料理ロボットを作った。それは人型をしているわけではなく、キッチンに据え置かれ、水道と接続し包丁や圧力鍋やコンベクションオーブン等調理機能を内臓した箱のようなものだった。献立を選び材料を入れると一定時間ののち調理済みの食べ物ができている。AIを搭載し、塩加減など使用者の好みに合わせた味付けができるようフィードバック機能も付いている。

 高校生になっていた拓磨は、もう母親に甘える歳でもなく、かといって労わるほど大人でもなかった。ただ照れくさそうに「これ、作ったんだ。使ってよ」と言った。拓磨の会社の業者が設置していったお料理ロボットは、控えめに言って素晴らしかった。その日から母は、献立を選び、お料理ロボットに指定された食材を買ってロボットの中に入れるだけで、美味しい料理ができた。しかもお料理ロボットは決まって「美味しいですか?」と尋ねてくる。「もう少し味が濃い方がいいなぁ」とか「もうちょっとカリカリに焼いて欲しいな」なんて文句を言ってもちっとも怒らずに「はい、分かりました。次はそうしてみますね」と言って好みの味に近づけてくれる。最高のシェフだ。まるでドラえもんの世界。いや、それ以上だ。

 拓磨の母は、最初はウキウキでお料理ロボットを使っていた。何よりこんな発明をした子供が誇らしかった。そして今まで最も忙しかった食事の前の一時間ほどが、自由時間になったのだ!食事は美味しいし、姑と夫と息子と、四人で囲む食卓はいつも「美味しいね」という言葉が飛び交った。ただ、それが当たり前になってきたある日の午後。母はふっと考えた。

「もう私の手料理を拓磨に食べさせる日は来ないのだろうか」

 とてつもなく寂しい。それなら、昔のやり方で料理すればいいこと。でも、しない。便利に慣れてしまった以上、なかなか昔の生活に戻るのは億劫だ。たまに外でバーベキューをしたりもするが、その時の主役は夫だ。お料理ロボットがあっても、元々料理が好きだった人は趣味で料理を続けていくのだろう。でも、自分のように義務感でしていた人が料理をすることは、非常の時以外ないのだろうな、と思った。母は、空いた時間を整理整頓や庭の手入れに充てることで、家庭をより良く維持することに貢献することにした。それにより、新しく存在意義を見出した。家事は、やろうと思えば無限に湧いてくるものなのだ。


4

 拓磨の開発したお料理ロボットには、たくさんの共同開発の引き合いがきた。食事の準備には、まだ自動化できる部分がたくさんあったからだ。

 管理栄養士の考案した献立案の提供。より栄養バランスの取れた食生活が送れる。ネットスーパーの注文・配送との連携。献立を選ぶだけで、必要な食材が送られてくる。

 次のような機能も搭載された。複数人で料理を食べる場合、それぞれの体格を入力することで必要カロリーを計算し、配膳量をグラム単位で計算してくれる。食後残飯の入った食器を一人分ずつ入れることにより、残飯から食べなかった食事の分量が測られ、実際に摂取した栄養のバランスが自動計算される。お料理ロボットのAIにより、食事量増減のアドバイスが与えられる。外食や間食をした場合も、その情報を伝えるとAIが食事量を調節してくれる。

 健康に寄与する機能が増えると、いよいよ行政が目を付けた。健康寿命を延ばすために、お料理ロボットの導入が推奨された。個人宅でも法人でも、導入したら補助金が与えられる。やがて高齢者の暮らす施設ではお料理ロボットの設置が義務付けられた。東京都では条例で、新しい家にお料理ロボットを設置することと規定され、ビルトインのお料理ロボットが多くなった。

 お料理ロボットに搭載されたAIは、アドバイスのため随時使用者の食べたものと健康度合いとの統計を取っており、段々と、カップラーメンやポテトチップスを食べないようにアドバイスする場合が出てきた。その他のおやつも避けるように言われることもあった。


5

 高齢者施設において、お料理ロボットの提供した食事を喉に詰まらせて亡くなる、という痛ましい事故が起こった。これによって、介護の現場では、食べ物の柔らかさなどに十分気を配る必要があるため、AIに任せるのは危険ではないかという議論が起こった。

 また、外食チェーンやお菓子会社などは、お料理ロボットによって損害を被っていると怒り、経団連から政府に抗議があったりした。

 さらには「カップ麺ポテチ党」というふざけた名前の政党が国会で議席を獲得するようになった。彼らのスローガンは「食の自由を守れ」「カップ麺とポテチを取り返せ」というものだった。

 とうとう「カップ麺ポテチ党」が政権与党となり、拓磨の会社にお料理ロボットの製造禁止を言い渡した。国内の工場は停止し、拓磨は海外部門を新しく会社として独立させ、CEOも現地の社員に譲り、国内の会社は潰してしまった。


6

 久しぶりに拓磨は実家に帰ってきた。その頃拓磨は大学生で、都内で一人暮らしをしていた。前日に母と話をしたところ、実家のお料理ロボットは壊れたばかりだという。故障の箇所は見当がつく。しかし修理しようにも部品が手に入らず、直せないだろうと拓磨は思っていた。海外製のロボットを買い直すにしても、ひどい円安のため今ではかなりの高級品だ。

「ただいま」

 拓磨は玄関で声をかけた。すると母が出てきた。

「おかえりー、元気でやってた?」

 母は張り切ってとびきりの笑顔を作り次のように言った。

「今日は腕によりをかけてご飯作るからね!」

 拓磨は少し面食らって、思った。

 お母さんが、張り切って楽しく作ってくれるなら、それでいいや。

 自然と、笑みがこぼれてきた。少しまずくても、失敗していても、お母さんの気持ちが嬉しかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ