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通訳さん

作者: 雉白書屋

 そろそろ真剣に結婚相手を探そうと思い、マッチングアプリに登録したとある女。今日はそのマッチング相手とホテルのラウンジで初顔合わせなのだが……


「えっ、あの、遅れてしまってごめんなさい……」


「ああ、全然大丈夫です。どうも初めまして」

「どうもー」


「え、あの……」


「はい? どうしたんですか?」

「まずは座ってください。さあ、どうぞ、どうぞ」


「いや、あなた、誰……?」


「え? ああ、スポーツとかあまり興味がないですか? ははは、僕、メジャーリーグで活動しているんですけどね」


「いや、あなたのことは知ってます。そんなに詳しくないですけど、テレビでよくお見かけするので。えっと、中谷選手ですよね? あの、なんで」


「ああ、すみません。サイトに登録した情報と違う人が来たから驚かせてしまいましたね」


「ああ、それはいいんです。中谷選手だと知られると、大騒ぎになっちゃいますし、冷やかしで会いたいって人も出ちゃいますもんね。いや、そうじゃなくて、あたしが聞きたいのは……その、お隣の方は……」


「ああ、彼は周平さんっていいます」

「どうもー」


「あ、どうも……。で、その方はどうしてここにいるんですか? あ、もしかして、中谷選手のお父さんとか……?」


「ふふっ、お父さんだって」

「そんなに老けて見えるかなー」


「え、じゃあ……ほんとに誰?」


「通訳さんです」


「通訳!?」


 デートに母親を連れてくる男性がいるという話は聞いたことがある。だから父親、もしくは兄が同席するのはわかる、いや、わからないけど、まさか通訳とは……と思い、彼女は絶句した。


「まあ、座って。ビールでいいですね?」 

「おいおい、翔太! もう優勝気分か? ははははははっ!」


「あははは……そのノリはよくわからないですけど、え、それでなんで通訳の方が? だってここ、日本ですよ。私も日本人ですし、必要ないじゃないですか、って、もう飲んでるし……」


「では、説明は私から。実はその、今回結婚したいという彼は中国人でして……」


「え、嘘! そうなんですか!?」


「はい。なので中国語と日本語に精通している私が通訳を務めることに」


「あ、へー……いや、それにしてもわざわざ通訳さんを同席させるなんて、別に普通に話せそうじゃないですか……細かいニュアンスの違いとかを気にして、念のためにってことですか?」


「まあ、ここは一つ、お二人ともよろしくお願いします」

「はい、お願いしますね」


「ええぇ……まあ、いったん置いておきますけど……」


「えーっと、じゃあほら、聞いて」

「はい、あなたのご趣味は?」


「ええと、ヨガを少々……いや、あなたが聞くの!?」


「まあまあ、あっ、そうか。プロフィールに書いてありますもんね。他に趣味は……あ、映画が好きと書いてありますけど、どんな映画がお好きですか?」


「えっと、恋愛映画が……。あ、そちらのプロフィールにも映画が好きって書いてありましたね。そちらはどんな?」


「カンフー映画です」


「へー、カンフー。野球じゃないんですね……って、だからなんで通訳のあなたがずっと喋ってるの!?」


「ははは、だって彼は通訳ですから。あ、ビールのお代わりいりますか?」


「いらないですよ! 見てわかるでしょ! 全然飲んでないというか、本当に注文するとは思わなかったわ!」


「僕は飲みますね。オフシーズンですし、こういうときくらいはね。さ、続けて続けて」


「あなたが飲んでちゃ駄目でしょ! 通訳ってそういうこと!? 自分の代わりに喋らせるのが目的なの!?」


「えーっと、あっ、中華料理が好きなんですね! 彼と一緒だ!」


「ああ、まあ、はい……」


 その後、いくつかのやり取りを経て、声を枯らした彼女はビールに手を付け、どこかもうどうでもいいやと投げやりな気分になった。そして、通訳の男が咳払いをし、真剣な顔をして言った。


「単刀直入に言って、どうですか? 僕と結婚は……」


「そうですねぇ……まあ、ぶっちゃけ収入は十分すぎるくらいだし、いや、もうこちらから頭を下げるくらい魅力的なお話ですし……」


「じゃあ、結婚してくださるんですね?」


「まあ……はい」


「い、いよっしゃあああ!」

「やったね!」


「あはは、お二人とも、それこそまるで優勝したみたいなはしゃぎっぷりですね」


「いやー、よかったよかった。ありがとうございます。どうかお幸せに」


「あはは、はい……ん? お幸せに?」


「ええ、これで野球に集中できます。それじゃ」


「いやいやいや、え? まさか結婚って……通訳さんと私? いや、いやいやいや、いや!」


「はははは、違いますよ。周平さんは通訳さんですってば。周平さんも、どうもお疲れ様!」

「いえいえ、お役に立てて何よりです。どうぞお幸せに」


「は? は? 何言ってるの? 私とその周平さんが結婚するんじゃないの? いや、しないけど」


「違いますよ。僕の友人とです」


「ご友人……? でも、どこに……」


「彼は事故で死んじゃって……でも、生きている頃によく言っていたんですよ。『絶対に結婚したい!』って。それで通訳さんを介して、婚活をしていたんですよ」

「そうそう、中国には冥婚っていう風習があるんですよ」


「え、それって、通訳さんってまさか、そういう……」


「はい。それじゃ、トレーニングしたいので、僕はこれで」

「近々お迎えに来るそうなので、じゃあ、お幸せにね」


 きっと詐欺だ。中谷選手はあの通訳、もとい霊媒師に騙されているんだ。彼女はそう思おうとしたが、悪寒が体に纏わりついて離れなかった。

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