乙女のプライド
「あとは、パルシェさんのところに行って傘を返しに行くだけ…」
カルロスは少し顔色が悪かったが、それでも、証拠品となるブランデーのボトル包み、役所に持っていく準備をしていた。他の飲食店にも件のブランデーを提供していないか声をかけてくれるらしい。
あとはカルロスに任せようと、ローズは助手を連れて食堂を出た。
「あれ、扇子はどこに置いたっけ?」
店に忘れてきてしまっただろうかと慌てて店に戻ろうとすると、助手がローズの手をつかんだ。
「さっき、鞄に入れていたようだけど」
そう言われてローズは持っていた傘を置くと、鞄を開けた。助手の言った通り、ハンカチに包まれた、傘と同じ色の扇子が中に入っていた。
「本当だ。ありがとう、レオン」
扇子を大事にしまい直して、歩き出す。
「パルシェさんの家は、少し遠い…」
「傘を忘れてる」
「えっ?」
言われて立ち止まる。
扇子を探しているときに、近くのフェンスに掛けてそのままだったようだ。
「あぶない、あぶない。大事な依頼品を…」
ぎゅっと傘を抱き締める。
「…もしかして君、コーヒーを飲みこんだ?」
レオンが怪訝そうな顔で聞いた。
「…一口だけだよ。レオンも見てたでしょう?」
「人には飲むなと言っておいて、なぜ…」
「…後学のため?」
どうやら、ローズはこの薬が効きやすい体質のようだ。
ならば、この味を覚えておいた方がいい。
「それなら、あの店主のように吐き出せば良かっただろう」
「レオン…。乙女としては、それはちょっと…」
毒なら仕方がないが、そうではなさそうだったのだ。それならば、乙女の矜持を取る。
その考えが理解できないのか、レオンは呆れたような顔をした。
「…とりあえず、その傘を返しに行くのは明日にした方がいい」
「…でも」
この傘の問題が解決しないことには、 パルシェとマリサの仲が険悪なままなのかもしれないと、ローズはためらった。
「早くパルシェさんにかえしてあげたい」
これは、マリサへの贈り物なのだ。
きっと喜ぶだろうと、ローズは傘を撫でた。
するとその様子を見たレオンに、なぜか傘を取り上げられてしまった。
「…正常な判断が出来ていないときに買った物だ。目が覚めれば、褪せて見えるよ」
刺のある言い方にきこえるのは、ローズが酔っているからだろうか。
「レオン?」
「君も、そうだったんだろう?」
傘を返してと伸ばした手に、ポツリと雫が落ちた。
雨が降ってきたかな、と思ったが、まだそこまで雨雲はない。先ほどの雫は、屋根に残っていた雨水が落ちただけだったようだ。
「…この傘とレオンを一緒には語れないかなぁ」
手に入れた経緯は同じでも、この傘は愛する伴侶への贈り物。レオンとは違う。
「そもそも、前提が間違ってるもの」
「前提?」
「お店の人は、パルシェさんがこの傘を気に入って買ったって言ってたよね。でも、私はレオンを気に入って買ったわけじゃないから…」
酔いが覚めたからと言って、色褪せては見えないよ。大丈夫。
そう告げると、コーヒーを飲んでいないのに、助手の顔色が悪くなった。
あの薬は、匂いを嗅ぐだけでも影響があったのだろうか?




