マリサ
雨が降っていたからだろうか、朝に来たときよりも開いている店は少なかった。
舗装されていない地面は水を吸って泥だらけで、至るところに水溜まりが出来ていた。
なるべく踏まないように歩いていたら、レオンが手を貸してくれた。
「ありがとう」
「あっ、ちょいと! マリサ!!」
ローズは知らない女性に声をかけられた。
「あんたがマリサでしょ! その紫の傘!!」
マリサは傘の依頼主であるパルシェの妻の名前だ。
声のする方を見てみると、装飾品を売る店の店主らしき女性が、ローズに手招きしていた。
褐色の肌に、黒髪。異国の服を着た恰幅のいい女性だった。年は五十代くらいだろうか。
「こんにちは」
呼ばれるがまま、ローズはそのテントに入る。
「あれ、あんたがマリサ? …随分と若いわねぇ?」
近づいて顔がよく見えたのだろう、店主は疑わしげにローズに言った。
「私はローズです。パルシェさんにちょっと頼まれて…」
「あぁ! そうなのかい。うん。確かに、パルシェって名乗ってたわ」
「パルシェさん、昨日ここに来たんですね?」
ローズは念のため確かめた。
「ん? …パルシェって人に頼まれて来たんじゃないのかい?」
「頼まれたんですけど、詳しいことは聞いてないんです。この傘は、ここで買ったものですか?」
ローズはずっと大事に持っていた傘を店主に見せた。
「そうだよ。この色が妻にぴったりだって言って。やたら陽気なお客で、この傘を褒めてくれてね。嬉しかったから同じ色で扇子もあるけどって見せたんだ」
店主は、引き出しから扇子を取り出した。
それは上品な紫色の扇子。
「その扇子は…」
「一目で気に入ってくれて、買ってくれたんだよ。だから、サービスで名前を入れてあげることにしたんだ」
店主がさっと扇子を開く。
流れるような字体でマリサと入っていた。
「素敵な刺繍ですね」
「だろう! 私は刺繍が得意でね。こんなのすぐに縫えるよ。だから明日おいでって言って…」
店主は話ながら丁寧に扇子を畳むと、同じ色の袋にしまった。
「お客さん、パルシェだっけ。…も、朝一番に取りに来るってこたえたのに全然来ないからどうしたんだろうと、心配してたんだよ」
流石に全く覚えていないようだとは、言いにくい。ローズは、曖昧に笑ってごまかした。
「ちょっと、色々あったみたいです」
愛妻への贈り物が、まさかの浮気疑惑に発展していたとは店主も思わないだろう。
「その扇子の支払いは、どうなっていますか?」
「もう貰ってるよ。あんたが渡してくれるかい?」
「はい。預かりますね」
ローズは扇子を受け取った。
「あぁ、良かった。ほんとは雨が降ったから、今日は店を閉めようかと思ってたんだよ。でも、閉めないでいて良かった」




