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薔薇と鷹の二年間(仮)  作者: 飴屋


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会話

雨はすぐに本降りとなり、ローズは一旦家に帰ることにした。

助手になったばかりの新しい住人は今、お風呂に入っている。

服や最低限の生活必需品は、あの市場で購入した。なんだか、むしろ出費が増えた気がする。


「えぇと、確かこの箱…」


台に乗って、棚の上にある箱に手を伸ばした。


「これかな?」


横から箱を取ったのは、お風呂上がりの助手だった。


「ありがとう」

「いいえ」


箱を手の上に載せてもらう。

当たり前だが、助手は台に乗っていなかった。


「……」


台に乗ってもギリギリの自分と、余裕な助手の身長差と成長期の食生活については、 あまり考えないようにして、台から降り、箱をテーブルの上に置く。


「あのね」

「はい」


ローズが声をかけると、助手は返事をした。


「着たばかりで悪いんだけど、服を脱いでくれるかな」

「仰せのままに、ご主人さま」


助手はためらいなく服のボタンに手を掛けた。


「あっ、上だけでいいから!」


白いシャツを脱いでズボンにも手を掛けた助手を、ローズは慌てて止めた。

そこで意外そうな顔をしないでほしい。


「その椅子に座って」


身長差は先ほど実感したので、テーブルの横に背もたれのない椅子を持ってきて座らせる。

ここで思うのは、彼の従順さだ。

言われたことを素直に従うのはもちろんだが、理由も訊かない。それが今までの生活を物語っているような気がして、少し悲しい。


「やっぱり」


椅子に座らせ、露になった背中を見てローズは顔をしかめた。


「もう、大分治ってきてはいると思うけど?」


大したことはないと言わんばかりだが、助手の背中は傷だらけだった。

確かに小さい傷は、治ったものがほとんどだが、大きな傷はまだ治り途中で、かさぶたにもなっていない。


「さっきのお店で店員さんが、見えるところには傷はない、って言ってたから、もしかして見えないところにはあるのかなと思ってたけど…」


痛々しい傷は鋭く、鞭というより刃物による傷に見えた。

見ているだけで、悲しくなってしまう。

弱気になっていることがばれないよう、ローズは無言で、近くのテーブルに置いた箱を開いた。薬箱であるそれから消毒液を取り出すと、ガーゼにたっぷりと染み込ませる。


「ちょっと染みるよ」

「ん?」


助手が振り返った。


「? 消毒するから背中を見せて」


振り返られると背中が遠ざかる。

向こうを向くように促すが、なぜか反応が鈍かった。


「もう治り掛けだから、治療はいらないと思う」

「でも、まだかさぶたになってないところもあるから、消毒はしとこう? 化膿したら大変だから」


なんだか頑なな空気を感じたローズは、背中の方へ回り込んだ。


「今まで、化膿したことはないよ」


しかし、背もたれのない椅子を選んだだめ、あっさりと体をこちらに向けられてしまい、再び背中が遠退いた。


「いや、してると思う」


一番深く大きな傷は、治りきらずに何度か開いているだろう。周囲の皮膚も少し黒ずんで薄くなっている。

これでどうお風呂に入ったものか、傷口のまわりは綺麗だった。


「これは危険なものじゃないよ?」


もしかしたら、 今までこういった治療を受けたことがないのかもしれない。

そう考え、持っていたガーゼを自分の手に付ける。一つ無駄にしてしまうが、患者に安心してもらうためだからしょうがない。


「ね?」


今までの従順さを考え、納得すれば自ら背中を向けてくれると信じていた。


「奴隷ごときに過ぎた恩寵では?」


あ、これだめだ。

その目は、治療を嫌がる時の弟とおなじだった。


「怪我した時の方が、よっぽど痛いと思うのになぁ…」


ローズは触ってしまったガーゼを棄てた。


「化膿したら怖いよ。体内に雑菌が入って炎症に高熱、腹痛も…」


消毒液が体質に合わないのなら仕方ないが、そうではなさそうなので遠慮はしない。

薬箱から 新しいガーゼを取り出した。

なんだかすぐに逃げられそうだったので、少しでも消毒液を付けられるように、とガーゼを二枚にしてたっぷりと染み込ませる。迂闊にもローズはこのとき、作業に集中して患者に背を向けてしまっていた。


「…どうしてもと言うのなら、命令すればいい」


耳元でささやく声がしたかと思うと、腹部に回った手が、苦しくはない程度にローズの体を拘束する。


「えっと…」


どうやら 背後から抱き締められているようだと、ローズは理解した。


「奴隷の治療ごときに魔術を使いたくないのなら、さっきの店のように枷を嵌めて吊るしてみてもいい。それなら大人しく言うことをきくよ。ねぇ、ご主人さま?」


それは愛でもささやくような甘い声だった。


見透かされるよね、やっぱり。


ローズは心のなかで苦笑した。

魔術を使う時のように、言葉に魔力を載せて命令すれば、この人はローズに逆らえない。ただ、じっとしてなさいと言えば済む話なのだ。

そして、枷を嵌めるのは大人しく従うと本人は言った。確かに、店でもされるがままだった。

だからこれはそう、治療を嫌がる振りをして、同情で自分を買ったローズを試しているのだ。


お前は力でもって奴隷を支配できるのか、と。


腹部に回された手は痛くなく、でも、絶対に離さないということが伝わってきた。

だから、あえてローズは力を抜いて、回された手の上でぐにゃりとお辞儀をするように体を曲げた。

耳元でささやけるぼど密着していた彼は、突然前に倒れこんだローズを支えようと自身も体を曲げる。


「おいっ?」


優しい人だなぁ、と思いながらローズは心から謝った。


「ごめんなさい」




♞♞♞


朝起きて、二日酔いだと騒いでいる子どもの姿を見てこれは簡単そうだと思った。

鳶色の手の行き届いた長い髪、年は二十歳もいっていないだろう。

大人しい奴隷の振りをして話させれば、やはり俺を買ったのは間違いだと言う。

罪悪感を感じているようだからそれにつけこもうかとも思ったが、ほんの少しの良心で返品を促した。

売れ残りが片付いたと喜んでいたあの店主は怒るだろうが、商品を傷つける程愚かでもない。せいぜい食事を抜くぐらいだ。

しかし運の悪い子どものようで、店主は店をたたみ、隣の店主は買うふりだけ。

俺の良心もここまでだった。

鉄格子や枷に怯え、奴隷に名前が必要だと思っている、甘い子ども。

奴隷の治療をするという愚かな子ども。

だから、試した。


首に付けられた枷の存在を教え、これを使え、もしくは、お前が嫌っている手枷をはめろ、と。


これで奴隷ごときが偉そうにと、怒り出して魔術なり枷なりを使ったら、思った通り扱いやすい人間だし、怖がって泣き出したら、反吐が出る程優しい言葉をかけて甘やかしてやればいい。そのさきに待つのは、どちらにしろ破滅だ。



細い体を抱き締めていると、なぜか、体の力を抜いた。

貴族のお嬢様は男に免疫がないときいたことがあるが、まさか気絶したのか。


「おいっ?」


消えそうな声ではいた言葉は謝罪の言葉。

あぁ、最初に思った通り、簡単でつまらない子どもだった。

顔に傷がついたと後で騒がれても面倒だと、体を曲げて支えようとしたとき、背中に激しい衝撃がはしった。


「…っつ!?」




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