エルと師匠
「師匠、なんで半額にしたんだ?」
一人の客が帰って、エルが恨めしげに店主を見た。
「半額ぅ?」
「今の客。俺が計算した金額の半分だった」
「何でもなにも、あれが適正価格だ」
「えっ、交渉事に慣れてなさそうな子だったから、ぼったくろうとしたんじゃなくて?」
「お前な…。もっと周りを見ろと言ってるだろう。プルートの店であの奴隷を見てなかったのか?」
「見てたよ。遠目からでも分かるくらい、顔が良いのに、なかなか買い手がつかないなー、って不思議に思ってた」
ほら、ちゃんと見てるだろ? と言いたげな弟子に店主は肩を落とした。
「そうか。見るところが違うのか…」
「えー。それなりに客は多かったけど、ほとんどがすぐ帰ってった気がする。そこも違う?」
店主は椅子に座った。
これは午後に雨が降るな、と痛みだした脛の傷をさする。
「見に来ても、実際に買う客がいなかったのは何故だと思う?」
「値段…、性格…。半額…、あれっ、半額って、もしかして」
正規の額の半分、それはあることを示していることに、やっとこの弟子は気づいたようだ。店主は、正解を教えた。
「だからちゃんと見ろと言ったろ。首の枷の石が赤い色をした石ふつうの奴隷。青色の石は犯罪者だ。犯罪者の奴隷落ちは正規の値段から半額。今日持ち込まれた商品は何色だった?」
エルは、自分が査定した奴隷の首の枷につけられていた石の色を思い出す。
「…青かった。竜涙石だ…」
犯罪を犯して奴隷となる人間は、滅多にいない。軽微なものなら、罰金か奉仕活動で済む。
あの大人しく言うことを聞いていたヒトが重大な犯罪者…?
驚くエルに師匠は言った。
「おぉ、ちゃんと石の種類は覚えていたか。まぁ、そう言うことだ。犯罪者の奴隷は素行の悪い奴も多いし、色々とリスクも大きい。こんな街中では需要はないから売れなかったんだ」
「素行っても大人しかったし、枷つけてたら、みんな言うこと聞くのに?」
「枷をつけた際の効果を述べよ」
時折、エルの師匠はこういうことをする。
まるで試験のように、問題を出すのだ。
「えっ?! だから言うことを…」
そう言いかけて、師匠の顔の凄みが増した。あれはご飯抜きを言い渡される三秒前だと素早く察し、慌てて言い直す。
「…じゃなくて、主を襲おうとしても出来ないようになってる」
「あとは?」
「あとは、主の命令に逆らおうとすると痛みが走る…?」
「それはただの脅しだ。実際は動けなくなるだけ。お前…そんなことも知らなかったのか、そうだな飯は…」
「やっ、待って! そうだ! 結局リスクって何?」
なんとか挽回しなければ、とエルは自分の師匠の話を遮った。
「…犯罪奴隷は足洗ってない犯罪者だぞ? どんな前科かは分からないが、ろくなものじゃない。そんな奴を飼ってみろ、何が起きるか分からないだろ」
「だからそこがよくわからないよ。だって、枷つけているのに。外せないだろ」
「命を狙わなくても人を破滅させる方法は、五万とあるんだよ」
「何それ…?」
まるっきり、わかってなさそうな顔だった。
濁りのない黒い瞳を持つ弟子は、不思議そうに顔を傾げた。
「話はここまでだ。今日はこれから雨が降る。もう客は来ないだろから、店を閉める。飯抜きが嫌なら、三十分以内に片付けろ」
「! やった! 二十分で片付ける!」
なんとか飯抜きを免れ、エルは店の外に出た。看板を片付けながら、ふと思う。
「あれ、犯罪奴隷はなかなか売れないって。もしかして師匠、買い取りする気はなかったんじゃ…」
思い返してみれば、買い取るよりも相手に売らせないように仕向けていた気がする。
「やけに愛想が良かったのも 、そのせい?
それに… 」
空を見上げる。遠くに黒い雲が見えた。あれが雨を降らすのだろうか。
「あの子は、自分が買ったのは犯罪奴隷だって知ってるのかなぁ…」




