10 立ち話
「お金は貸してないんだけど…」
ローズは後ろに立って硬い表情をしている男性をチラリと見る。
「昨日の夜ですね、私、その店主さんの所で彼を購入したらしいんです」
「らしい?」
「…その、酔ってたので記憶が…」
「あぁ! そういや、いたな。鼻歌歌ってご機嫌な若い娘が。あんただったのか」
まじまじと見られ、ローズは少し落ち込んだ。
(そんなに色んな人に見られてたなんて…!)
鼻歌が聴こえる距離なんてそんなに広くないと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「いや、すごい度胸だと思っていたが、酔ってたのか。うん。後ろのやつにも見覚えがあるよ。プルートのとこで売られてたやつだ」
プルートと言う人が店主だろう。
「はい。それで…」
「酔いが覚めて、冷静になったか」
「そんなところです…」
言い訳するのをローズは諦めた。
「たまにあんたみたいのはいるよ。酔って気が大きくなって買ったはいいけどさ、翌朝冷静になったら無理だからって、返品に来る客」
店主は腕を組んで言う。
「ただなぁ、今回はちょっと厄介だな。今言ったように、あんたにこいつを売ったやつは、店を引き払ったんだ。流石にまだ、この街から発ってはいないだろうが、あいつの家は俺は知らない」
「はい」
「組合長に訊けば住所はわかると思うが…」
その言葉にローズは首を振った。
「探して運良く会えたとしても、商人を引退したなら、交渉は難しそうですね…」
「あぁ、ごねるだろうなぁ。組合長に頼んで間に入ってもらえば何とかなるだろうが、時間と手間はかかるな」
何せ、故郷に帰るつもりで浮かれているところに水を差すのだ。それ相応の覚悟がいりそうだ。
さて、どうしようと考え始めたローズに店主はもう一つ方法がある、と言った。
「返品を出来ないのなら、あとは売るしかない」
「売る…」
「返品は、品物を店に返して支払った代金を返してもらうことだろ?」
「はい」
「そうじゃなくて、品物を新たに売って金に替えるのも一つの手だな。例えば、俺のとことか」
ここは市場。人身『売買』をしているのだ。
商品を販売している店は買い取りもしている。
「一応言っておくが、売値と買値は違うぞ? 商品の手入れ代も必要だし生活がかかってるからな」
「えぇ、私も商品を作って売ったことがあるので分かります」
ローズが売ったことがあるのは、手作りのクッキーだった。材料費、燃料の薪代、人件費を計算して、更に利益を乗せた金額をつける。実際に金額を決めたのはローズではなかったが、側で見ていたからわかる。
「まっ、うちは優良店でな。悪どい商売はしてないつもりだ。見積りは無料。納得いかなかったら、他の店に行けばいい」
そう言うと、店主はローズの返事を待たずに店の中に声をかけた。
「おーい。お客さんだ」
その掛け声に、店の奥から男が顔を出して応えた。
「売り? 買い?」
「売りの方だ」
「分かった」
一旦奥に戻ると、ガタゴトと音がして、銀色の枷を手に出てきたのは若い男だった。
年はローズと同じくらいだろうか、つやつやした黒い髪は短く、茶色のつり目で人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。
「いらっしゃいませ。ようこそ」
ローズに愛想良く挨拶すると、ずっと静かにローズの後ろに立っていた一人の奴隷に目を向けた。
「彼の査定だね」
査定、小さく心の中で呟いてから頷く。
「はい」
店員はローズの返事を訊くと、手にしていた枷を彼の両手に嵌めた。




