9 続・市場にて
昨夜、ローズが来たらしい店の前。
悲しいことに、どう頑張ってもローズの記憶は甦ることはなく、案内されるままついてきたのだが。
「誰もいないみたい…?」
店内には人が誰もいなかった。
鉄格子の中は空、店主らしき人もいない。
それどころか、店内はがらんとしていた。
机や椅子、棚はあるが、そこにあったであろう本はなく、机の上には書き潰して使えなくなった羽ペンが転がっているだけ。
人の気配がまるでなかった。
「…確かに、俺がいたのはこの店です」
小さな声が少し震えていたのは、ローズの気のせいか。
「うん。本棚の上には埃があるけど、机の上に埃は溜まってないし、足跡もはっきり残ってる。つい最近まで使われていたのは確かだね」
誰もいなさそうなので、とローズは隣の店に向かった。
同じ作りのその店には、鉄格子の中に商品の姿はなく、店先で一人の男が新聞を読んでいた。
「こんにちは」
「おぅ。いらっしゃい。商品は、奥にいるんだ、今、連れてくるよ」
店主らしき人物が新聞を畳ながら立ち上がろうとするのを、慌てて止める。
「違うんです。隣のお店のことで訊きたいことがあって」
「隣?」
「はい。今日はお休みですか?」
ローズの質問に白髪が交じった顎髭を撫でながら、店主が答えた。
「いや、何でも、商品が良い値で売れたから店をやめるって言ってたぞ」
「店をやめる…」
「あぁ。奥さんと故郷に帰って、ずっとやりたかった喫茶店を始めるとかなんとか」
「喫茶店…」
「もう市場を閉める時間だってのに、店を片付け始めてな、店の備品とか売れ残った商品をうちを含めた近くの店に大盤振る舞いしたんだよ」
そう言って指差した先には、服やホウキなど雑貨類が無造作に置かれていた。
「あの浮かれようだと、もう家の方の片付けも終えて、田舎行きの馬車に乗ってたりしてな」
ははは、と笑って店主は不思議そうにローズの顔を見た。
「でも、何でこんなことが知りたいんだ? あいつに金でも貸してたのか?」




