王国近衛騎士
梟の足に手紙を括り付ける。母である魔女リリカへの手紙だ。
最近の仕事の報告と体調や季節の話を手紙に書いた。
「よいしょ、じゃあまたよろしくね。」
毎回お願いしている梟に果物を食べさせてやり飛び立つのを見送った。
呪いに悩まされていた彼、ハインさんはあれから時々やって来ていた。剣の深い傷を治療をして欲しいとかまた何かで呪われた等依頼は色々だ。
こちらに来る度に手土産を持って来られるから毎回恐縮する。美味しい甘いお菓子や王都で有名なパン。沢山持って来ては折角だからと、一緒にお茶を飲むこともある。
彼は紳士的で私を丁寧に女性扱いをしてくれる。有難いことだ。だが、勘違いしてはいけない。私は魔女で恩人として彼に良くしてもらっているだけだ。
考え事をしていると、コンコン、と扉をノックされ今日も依頼人が家にやって来る。
「魔女メルリス様、依頼がございます。どうか助けて頂きたい。」
玄関扉を騎士服に身に纏ったいかにも騎士、という体つきで屈強に見える男性がやって来た。
騎士服の上からお腹に包帯を巻いており血が滲んでいる。傷は深そうだ。
「どうされましたか?お腹の傷は大丈夫ですか?」
彼をソファにゆっくりと座らせて何事か聞く。
男性は顔まで隠れる兜を脱ぐと名を名乗った。
「失礼。私はクラスラと申します。ご指摘された腹の傷を治して欲しくやって来ました。街の医者では無理でしたので貴女の噂を聞き頼りに参りました。」
淡々と他人の事のように自分の容態を話すと苦しげに息を吐いては呼吸した。
医者で無理なら毒や呪いもある可能性があった。
私は騎士服を脱いでもらい痛々しいお腹に巻かれている包帯を取り患部を見た。思っていた通り呪いだ。それも深い思いの強い呪いである。
「クラスラさん、今薬を塗りますね。魔術も使います。出来れば魔術防御アップの装備等ありましたら外してください。治療をより成功させるためです。」
彼は私に言われた通り左手に装備していた指輪を外した。
これで私の魔術を邪魔するものは無くなった。
早速魔法薬を患部に塗る。痛そうに反応されるがここは我慢してもらう。
そして、私は硝子のベルを持った。
リン、リン、リーン
透き通る音色は彼の患部を治療する。少しずつ引き裂かれた皮膚と皮膚がくっつき傷跡さえも残す事なく治っていく。
リン、リーン
念の為、必要ないかもしれないが体力上昇の魔法も施す。
彼はハッと痛みが無くなっていくのに気づきソファの背もたれに寄りかかっていた姿勢を正した。
「…本当に、治った。…メルリス様…」
感動した顔を見せて心底驚いたと言う。
彼は噂だけでやって来たので本当に治るのか疑わしかったとのこと。彼は素直にお礼を口にした。
「助かりました。本当に感謝しております。」
そして、彼もハインさんと同じく金貨を私に持たせる。
「こんなに貰えません。銀貨5枚で結構です。」
「いいえ。これは私の感謝の気持ち。どうか受け取ってください。」
深々と頭を下げて返そうとする金貨を私に押し付け返して来る。
クラスラさんは美丈夫だが頑固そうだ。私も根負けし、金貨を受け取った。
「今回の治療で金貨では受け取り過ぎなので、また何かありましたら是非利用してください。その時はお代は頂きません。」
ハインさんと同じパターンだ。
クラスラさんは頷きまたお礼を言って家を出て行った。
時は経ち、夕方。
家の玄関扉に掛けている蝋燭の火を消してもう店仕舞いだと知らせる。
今日はもう終わり。明日また、困った人達の為働くのだ。
私は肌寒い空気にローブを着直しぶるぶると震えた。ふと空を見上げると雪が降って来ていた。
「もう、冬ですね。」
背後から声がかかった。
私と同じく寒そうに鼻を赤くしてやって来たのはハインさん。今日はどうしたというのだろうか。
「ハインさん、ごめんなさい。今日はもうお終いです。」
「はい、今日は仕事ではなく夕食のお誘いをしに来ました。」
にこっと、ハインさんは笑って私の手を取って言った。
突然のお誘いに戸惑う間も無く馬車へ促される。
私は魔女としての赤いローブを着たまま、言わば仕事着のまま馬車の中へ手を引かれる。
「ちょっと、ハインさん!私、街で食事をするような服装ではありませんよ?」
「大丈夫です。混み合ってない二人きりで楽しめる場所を選びました。ゆっくり楽しみましょう?」
二頭の馬は歩き出し馬車が揺れる。一体何処へ連れて行かれるのかわからないまま私は出掛ける事になった。