冷たい鉄格子
聖女は王宮の離れにある塔に幽閉された。期間は未定。
ハインの進言で秘密裏に刑は執行された。
「私、またやっちゃった…。」
鉄格子の前に立つ兵士は以前にも担当したラグナであった。
眠れない聖女のために話し相手になった経験がある。聖女からの誘惑に負けず仕事を全うした事から今回もラグナが担当となったようだ。
「眠れないの…。ラグナ、また話し相手になってちょうだい?」
聖女の精神不安は悪化していた。メルリスを突き飛ばしたのも心の不安定からやったことであった。ハインに愛されるメルリスが憎く羨ましいと思った。そして、いなくなれば自分にもチャンスがあると思い込んだのだった。
「聖女様、いいですよ。〝しりとり〟しましょうか?」
ラグナは聖女が起こした過ちは確かに罪であったがどうにも同情してしまう気持ちがあった。
男の腕の中でしか安心して眠れない、なんて痛々しい。
「じゃあ…〝りんご〟」
「〝ゴース神父〟」
「〝プリンセス〟」
「〝スペード〟」
しばらく、何気ないしりとりを繰り返して聖女は鉄格子を両手で掴み隙間からラグナに向かって小さく囁いた。
「ねぇ、私の手を握って。」
それにラグナはキッパリと断った。
「いけません。」
「まぁ、意地悪。」
ふふふ、と笑うと鉄格子を背もたれにして毛布を被った。聖女は不思議とこの男、ラグナの声を聞いていると眠れる気がしたのだった。冷たい床に鉄格子。自分の罪は理解している。だが、彼女の中では仕方なかったこと。全て愛されているメルリスが悪いのだ、そう思っていた。
「もっとしりとり、続けましょうか?」
「いえ、貴方の話が聞きたいわ…眠るまで、声を聞かせてちょうだい。」
この塔は窓もなく通気口があるだけの石造りの塔であった。当然調度品は無く必要があれば与えられるだけ。風呂もメイドと女の兵士が着いて3日に一度だ。着替えさえ豪華なドレス等一着も無く質素なワンピースのような服だけだ。それを数日着ては風呂の時に洗った替えを着る。女性である聖女にある程度気は使われているが以前のような我儘は通らず、近づける男はラグナだけ。
魔王の力の源である〝聖女〟の存在をこれ以上穢す訳にはいかなかった。
「…ですから、私達の仕事に誇りを持っております。……眠られましたか?」
スー、スー、と聖女の寝息にラグナは安堵する。
全ては彼女が犯した罪のせいで聖女でありながら幽閉となった。煌びやかなドレスも宝石も、好き勝手できた男達さえ取り上げられて最低限の生活。これからを思い描いては溜息が出る。ラグナは聖女の穢れを知っていながら冷たく遇らう事が出来なかった。年頃が亡くなった姉と近いせいか話し相手だけでもしてやりたかった。
ずれ落ちそうな毛布を鉄格子の隙間から引っ張り肩に掛け直してやる。
彼女はこれから毎日、祈りの時間とポーション作成の仕事がある。最初は嫌がって難色を示したがラグナが信用を取り戻す為だと諭したお陰で何とか彼女も仕事と向き合うようだ。
明日からまた、我儘を言うのだろうか?と、想像すると頭が痛くなったが今は彼女を信じるしかない。
「…どうか良い夢を。」