呪われた勇者
「あぁ、ありがとうございます!これでまた走れる!」
「とんでもない、私の出来ることは限られてますし、あんまり無理せずお仕事してくださいね。」
会話もそこそこで代金を頂く。
私は町はずれの自宅に帰るよう歩き出した。
息が白い、雪が降るのも間も無くだろう。
私は前世の記憶を持った魔女だ。
生まれてすぐ先代の魔女リリカに拾われ育てられた。魔術に魔法薬、色々なものを教わりながらすくすくと育ち今じゃ独り立ちしている。
魔女リリカは隣町に住んでいるので何かあればすぐ行ける距離であったが連絡は専ら梟が運ぶ手紙のやりとりだ。
帰宅して夕食の準備をする。暖かなスープとふわふわなパン。新鮮なサラダに少しの肉料理。一人暮らしで中々豪華な食事を摂れるのには理由がある。
〝魔女〟を頼った依頼が毎日のように舞い込むのだ。先ほどの青年も客で、足の怪我を見て欲しいとの事だった。
魔法薬を患部に塗布して硝子のベルを鳴らす。そうすると傷が癒えて元通りだ。
私は先代から言わせると特殊な魔術を使うと言われている。普通は杖で仕上げるところを何故ベルを鳴らすのか。
それは自分でも分からない事だが幼少期に硝子のベルを面白がってよく鳴らして遊んでいた。その時たまたま魔法が完成されて家の中に雪を降らせたことがあった。
リリカに怒られたが初の魔術として魔女と認められた瞬間であった。
「いただきます。」
一人、余裕のある暮らし。何も困っていないが前世の記憶を辿ると私は主婦だった。電化製品に囲まれて、最先端の技術に助けられ、そこでもまた何不自由のない生活ができていた。
私は転生といえば良いのかわからないがこれも何か神様の思し召し。今世では困った人たちの助けになれるよう生きようと心に決めた。
もぐもぐと、柔らかなパンを食べていると玄関扉をノックする音が聞こえた。
「…、はーい。」
ごくんとパンを飲み込んでから返事をした。
「…魔女よ、助けて欲しい。」
扉を開けると倒れ込む男性。深くローブを着込んでおり声や肩幅で男性と予想する。
息が上がっており苦しげに声をあげる。
「…っ、魔女よ、どうか、」
そこで言葉が詰まり咳込む彼。とりあえず家の中へ肩を貸しながら入った。重みは思っていたより無く彼が痩せ細っているのが感じ取れた。
ゆっくりとソファへ座らせてローブを脱いでもらう。
「…気持ち悪いだろうが、どうか助けて欲しい…もう頼れるものは貴女しかいないのです…。」
顔の右半分から首にかけて何か呪いのような痣が点々と斑らにあった。彼を苦しめているのは明らかに魔術を使える者からの呪いである。
腕にまで広がった呪い。彼に尋ねる。一体何があったのか、それと呪いをかけられた理由。
「…恐らく、俺がある女性からの気持ちを断ったからだと思います。」
彼は苦々しい顔で答えた。
私は予想を立てて質問を幾つかする。問診のようなものだ。
「最近、新調した身に付けるものはありますか?それと何か変わったものを口にしたか、その女性からの贈り物等はお持ちですか?」
彼は少し考えた後、腰に装備していたらしい小刀を取り出して見せてくれた。
それを手に取りじっと見つめて呪印や魔術の残り香のようなものが残されていないか観察する。
「…これではなさそうです。他はありませんか?」
次に彼が悩んで出してきた物は右手に嵌めていた指輪だった。それを受け取りじっくりと、見てみると指輪の内側に呪印があった。
「これですね。一体いつからこれを…?」
「そんなっ、それは弟からのプレゼントです。弟から恨まれるようなことはないはず…」
「弟さんも気が付かずプレゼントされた可能性もあります。誰かが指輪に細工を施しお店に置いて、弟さんに買うよう勧めたとか色んな条件が重なっているのかと思います。」
「…そうですか、弟とは自分で言うのも何ですがとても仲良くしており呪われた物をプレゼントしてくるとは考えられないのです。」
息を整えながら答える彼は本当に弟が大切そうに語った。
早くに両親を亡くし二人協力しながらここまで生きて来た。
彼は弟を疑う事なく何か裏で仕掛けられたのだと予想している。
「モノがわかったのでまず、貴方から解呪します。次に大切なプレゼントである指輪を解呪しますね。」
金髪にエメラルドのような瞳を持つ彼。呪印の広がった顔に触れながら硝子のベルを鳴らした。
リン、リーン
「この者の呪いを解きたまえ。」
集中し、解呪のための魔力を練り上げる。
リン、リーン
じわじわと、彼の顔から呪印が消えていく。
よく見ると彼の顔はとても整っており、街からやってくる客達よりも垢抜けている。呪印で分かりにくかったが大変な美形である。私は少し頬が熱くなったのが自分でもわかった。
それを咳払いし、考えを頭の片隅に追いやり解呪に専念する。
リン、リーン
「…すごい…息が苦しくない…!」
彼は嬉しそうに呟いた。
ゆっくりと消えていく斑らな呪印。全て綺麗に消え去り彼は晴れやかな顔で私の両手を握りながらお礼を言う。
「魔女よ!ありがとうございます!」
「まだ終わってませんよ。大切な弟さんからの指輪も解呪しましょうね。」
「はい、お願いします!」
私は心の中で照れながら指輪を持った。
男性にこうも強く触れられたのは初めてであったため集中が乱れ始める。
再び咳払いし、ベルを鳴らした。
「この者を縛りし呪いよ、解き放て。」
リン、リーン
硝子のベルはとても良い音色を出して呪いを解いていく。
その様子を見ながら彼は懐から財布らしい袋を取り出した。
ふう、と息を吐いて指輪に刻まれた呪いを解けば彼はにこにこと笑いお礼を言い金貨を渡して来た。
「えっ!金貨なんて多過ぎます。銀貨5枚で十分ですよ!」
「いいえ、誰もが見放した呪いでした。貴女は俺の命の恩人です。それに弟からのプレゼントも手放さなくて済みました。本当に感謝しております!」
返そうとする私の手に金貨を握らせ優しく手を包む大きな男性の手にドキドキと胸が高鳴る。
「…でも、本当に多過ぎます。なので、今後何かありましたらまた来て下さい。その時はお代は要りませんので。」
彼は笑って大きく頷いた。
「俺はハイン・エメロード。貴女の名を聞いても?」
「私はメルリスといいます。」
握手を交わし彼を玄関から見送る。
彼は何度か振り返り頭を下げて帰って行った。