恋人たちのクリスマス ~神在葉月の場合~
アンリさまの「クリスマスプレゼント企画」参加作品です。
これを書いた11月上旬、まだオミクロン株は顕在化していなかったのです。
「コロナも落ち着いたし、今年は帰る。
25になると思う」
「そっか、イブは無理か。
まぁ、僕もクリスマスまではお店が忙しいだろうしね」
睦月が地元に帰ってくるのは、ほぼ2年ぶりだ。
東京の大学に通ってる睦月は、新型コロナを持ち込むリスクがなんとかかんとか言って、2年も帰ってきてくれなかった。
そのせいで、僕は睦月と2年会えてない。恋人なのに。婚約もしてるのに。
一応、スマホの使い方とか教わって、テレビ電話みたいなこともできるようになったけど、直接会いたいしキスだってしたい。
そう思っちゃうのは、ワガママじゃないと思うんだ。
睦月とは、幼稚園から一緒で、僕の初恋だった。
小学生くらいまでは普通に遊んでたんだけど、中学に入ったら近付きにくくなっちゃった。
睦月はカッコいいし、勉強はできるし足も速いしで、女子に大人気で。
なのに僕はちんちくりんで、日焼けしてて、頭もよくないし、女子のくせに僕だし、睦月の近くにいると、なにあの子、みたいに言われるようになって。
それで、近付くのやめて、「睦月君」って呼ぶようになったんだ。
高校は睦月と同じとこ行ける頭なんかなかったし、大学なんてもっとムリ。
僕は地元の製菓専門学校に行って、パティシエールになった。
睦月のことを忘れようとしても忘れられず、ウジウジしてたら、去年のお正月に、睦月から告白されて、ようやく付き合えた。だけど、その後すぐにコロナ騒ぎが起きたせいで、睦月は地元に帰ってこなくなった。
付き合ってから、一緒にいられたのは、正月休みの間と成人式で睦月が帰ってきた時だけ。
たったの半月。
その後、全然帰ってきてくれなかった。
5年も我慢してた分、全然取り返せてない。…勝手に距離置いた僕が悪いのはわかるけどさ。
ずっと避けてたのに、睦月の方から告白してくれて、やっと付き合えたと思ったのに2年近くも会えなくて。
このままじゃ、マク再生しちゃうぞ。
ホントは、せっかくの再会なんだから、イブに会ってそのまま…なんてのがいいんだけど、睦月の大学の都合もあるだろうし、第一、僕も仕事柄イブまでは忙しいからね。
せっかく会えたのに眠い、とかなったらもったいないし、25日でよかったかも。
ん~、せっかく会うんだし、クリスマスケーキ作ろっかな。イブじゃないけど。
バレンタインの時は、クール宅急便で送っちゃったから、目の前で反応見れなかったし。
やっぱりビックリする顔が見たいもんね。
クリスマスだし、ブッシュドノエルがいいかな。
バレンタインの時みたいに、僕達の人形作って。
でも、あの時の新郎新婦は、白い生クリームのケーキだから白いタキシードとウエディングドレスで作れたんだよね。
ブッシュドノエルに新郎新婦だと、白黒になっちゃってきつそう。
チョコに映える色だとなぁ…。新郎はイブニングでいいとして、新婦はどうしようか?
ウエディングドレスだと、チョコに合わないよねぇ、色的に。
かといって、黒いドレスとかって、結婚式っぽくないし。
あ、そうだ! 色打掛とかならどうかな?
赤とかなら、チョコの上に置いても浮かないよね。
そうすると、睦月は紋付袴?
…いいけど、ブッシュドノエルの上に和装は、ちょっとミスマッチかな。
普通にラウンドのケーキにしようか。
むしろ、それならチョコケーキに拘る必要もないよね。
でもでも、白はバレンタインで使っちゃったし、「Just Married!」の飴細工もあの時やっちゃったから新鮮味がないし。
勢いで、できること全部やっちゃったから、新しいこと思いつけないよ。バカバカ、僕のバカ!
後先考えないから、こうなるんだよ。
そしたら、ラズベリージャムでコーティングした上にホワイトチョコでバージンロード作って、黒のタキシードとブルーのドレスで僕らを作って、飴細工で十字架作ろうか。
待っててよ、睦月! これで今の僕の精一杯を見せてあげるからね!
クリスマス前のパティスリーは、死ぬほど忙しい。
1か月前とかから注文取って、2週間前から作り置きを始める。
デコレーションまで終わらせたものを専用の箱に入れて冷凍。ストックしていく。
お渡しの前日からじっくり解凍すると、クリームもそれなりにフワフワに戻るから不思議。
正直言うと、僕はケーキを冷凍っていうのはやりたくないけど、じゃあ、当日に100個とか作れるのかって言われたらムリ。
やっぱり冷凍するしかないんだと思う。
クリスマス期間は、ほかのケーキは全部お休みしてクリスマスケーキの解凍とお渡しだけやってる。
一応、お得意様とかからの特注のクリスマスケーキも作るんだけど、これは裏メニューというか、割増料金もかなり入るから、とんでもない値段になる。
特別料金で、チーフパティシエがお客様の家に出張して、目の前で飴細工の飾り付けするってサービスもあって、チーフは午後から特注のケーキと一緒に出掛ける。
僕はケーキの解凍とお渡しの裏方やってて、なんとか今年も無事終わった。
そして25日。
僕は、朝から睦月のためのケーキを作ってる。
6号のスポンジを生クリームでコートして、ホワイトチョコのプレートで十字架を作って、そこから薄く伸ばしたホワイトチョコでバージンロードを敷く。
今回は、神父さんも作って誓いのキスにしてみた。
チョコでタキシードを作って睦月を。食紅を入れた飴でドレスを作って僕を。2つの人形を寄り添わせる。
ウエハースの長いすの上にクリームを盛って、祝福の人達。
僕達が本当に結婚できるのは、睦月が卒業してからになるから、少なくともあと1年3か月待たなきゃいけないけど。
睦月はうちに婿養子に来ることが決まってるから、その後はずっと一緒にいられる。
それまで我慢だ。
今夜、睦月が僕の部屋に来る。
写真立てに入ってる写真は、小さい頃のものから、成人式の時のに交換してある。晴れ着で寄り添って、新郎新婦みたいって言われたアレだ。
この写真を見て、寂しさを乗り越えてきたんだ。
やっと、本物の睦月に会える。
さすがに泊まってはいけないけど、今夜はそれなりにゆっくりできるはず。
到着は4時頃って言ってた。
駅まで迎えに行こうかって言ったのに、睦月ってば家で待ってろとか言っちゃってさ。
でもわかってるんだ。あれは睦月の照れ隠し。
僕がケーキ作ることを予想して、そっちに集中しろってことなんだよね。時間があれば、その分凝ったのを作るだろうって。
「うお、やっぱすげえな、葉月って」
夕飯を僕の両親と4人で食べた後、2人で部屋に戻って、ケーキとコーヒーを出した。
睦月はちゃんとケーキ気に入ってくれたみたい。
「2月ん時も思ったけど、お前、本当に器用だよな」
「そりゃあ、気合いの入り方が違うからね」
バレンタインの時に作ったケーキは、飴細工で樹氷を作ったんだよね。
透明感とかキラキラさ加減は、あっちの方が今日のケーキより上だったと思う。
でもね。
「何しろ2年ぶりに会うんだし」
会えなかったことをチクチク言ってやると、睦月は困った顔して
「俺は東京にいるからな。万が一、葉月に伝染したら、自分を許せそうになかったから」
「わかるけど、ずっと好きだった相手とせっかく付き合えたのに会えなくなった僕の気持ちもわかってよ」
「わかってるって。
この年末年始は三密し放題だから、楽しみにしとけ」
「三密って、ミッカイ・ミッシツ・フギミッツーだっけ?」
「違う!密着・親密・蜜月だ!」
「よくわかんないけど、ずっと一緒にいてくれるってことでいいのかな?」
「ああ、そうだ」
「そっか。じゃ、今日泊まってけばいいのに」
「さすがにそれはな。
一応、結納とかまだだし」
「でも、睦月をお婿にもらうこと、そっちのお父さんとお母さんにも話してあるよ?」
「それでもだ。世の中、面倒な手順ってもんがたくさんあるんだ」
「ぶう。
つまんない」
「そういうのは、明後日辺りだな。
今日は、これだ」
そう言って、睦月はバッグから何か取り出した。
「なに?」
よく見ようとしたら、そのまま頭の後ろに手が回って、引き寄せられてキスされた。
久しぶりのキス! ずっと待ってた。
思わず抱きついて、夢中になってキスしてたら、引きはがされた。
「むう、なんで?」
「ほれ、見たかったんだろ、これ」
あ、そういえば、睦月が持ってるのを見ようとしてたんだった。…って、これ、ペンダント?
「葉月は仕事柄、指輪はできないだろうからな」
「ありがとう。これ、クリスマスプレゼント?」
僕としては素直に言ったんだけど、睦月はガックリしてた。なんで?
「え、違うの? まさかお年玉とか言わないよね?」
「あ・の・な・あ! どこの世界に、恋人にお年玉渡す男がいるんだよ!」
「だって、クリスマスプレゼントじゃないんでしょ?」
「お前って奴は…。
ペンダントトップ見たろうが」
え~、なんで怒ってるのさ。
トップって、ピンキーリングっぽい…リング?
「え、なに、これ、指輪なの?」
「指輪以外の何かに見えんのか?」
「だって、ペンダントだよね?」
「だから、お前は仕事ん時、指輪つけらんねえだろうと思ってだな」
「もしかして、婚約指輪なの?」
まだプロポーズされてない……あ、付き合う時に婿養子って話はしたんだっけ。
あれ? その話出したの、僕だったような…。
え、僕からプロポーズしたの?
「なに呆けてんだよ」
「ねえ睦月、もしかして、プロポーズって僕からしたことになるの?」
「はあ!? なんでそうなる」
「だって、付き合う時、僕と結婚すると婿養子だよって」
言ったら、睦月がそういえばって顔した。なんだ、忘れてたんだ。
「いや、プロポーズは俺からだ。
小1ん時、大人になったら結婚しようって言ったのは俺だ」
えっと、それは、うん、そうだったね。
そっか、そういえば付き合う時、約束忘れたとは言わせないとか言われたんだっけ。
「そっか、そうだね、うん、プロポーズされた♡」
「ったく。ちょっと目え離すと明後日の方行っちまうからな、お前は。
首輪にしといてよかったかもな」
「首輪!? 僕、首輪つけられちゃったの!?
そっかあ…。じゃあ、これ、婚約首輪だね」
「なんだよ、婚約首輪って…」
付き合って2年、初めて一緒に過ごしたクリスマス(イブじゃないけど)は、誓いのキスをいっぱいして終わった。
三密を間違えているのは、葉月は天然、睦月はわざとです。「蜜月」とか言われていることに、葉月は気付いていません(^^)
この2人については、以前に
「初詣の奇跡 ~初恋の相手がフリーに戻るよう、神様に祈ってみた~」
「きらめきのバレンタイン」
の短編2つがあります。