08:シヴォリの過去
カゲトラは緑樹神の一族の長。
緑樹神の一族はラヴェルの森の番人として、元々緑樹の一族という名前で水女神という主のもとにいたという。
しかし水女神の原因不明の突然の消失により、この森を統括する者がいなくなってしまう。そこで、魔物でありながら水女神の残したエネルギーを受け継ぎ、神としてこの土地を統べる一族となった。
「ま、水女神様が戻られるまでの間のツナギだけどな」
カゲトラは少し寂しそうにそう言った。
水女神の消失は今からおよそ三百年ほど前のことだという。
そこからカゲトラの先祖が代々緑樹神の一族としてラヴェルの森を守ってきたのだそうだ。
現在のカゲトラは六代目緑樹神の長ということになるらしい。
「だからニセモノだと言っただろう?こやつらは元々魔物だ。よくもまぁ偉そうな顔をして神などと名乗っておるわ。片腹痛い」
「ほーう?お前のこと首輪繋いでキャン言わせてやってもいいんだぜ?」
「だから二人ともやめなさいって」
さっきからずっとこんな空気である。
喧嘩になりそうになっては私が間に入る。それを繰り返しながら、私たちは緑樹神の住処へと歩いて移動していた。
──そういえば、さっき河原にいたときに聞こえた声、何だったんだろう……。
カゲトラに話しかけられる直前に、どこからか低い男性の声が聞こえたような気がしていたんだけど……。
カゲトラとシヴォリのやりとりが濃すぎるせいで、何を言っていたかすら忘れてしまった。
まあ、私に向かって言っている言葉でもないと思うし、気にしなくていいか。
「シヴォリの野郎だって、元々は一族を引き連れていた立派な長だったそうだぜ。仲間に置き去りにされるまではな」
──置き去り……?
狼の一族の長、だったのか。どうりで話し方もそれっぽい感じだったわけだ。
「巨体狼の一族はな、普通群れで行動するんだよ。動物の狼と違って、子どもが大人になっても巣立って一匹狼になることはない。群れに留まり、群れを大きくしていくんだ。だけど、シヴォリの一族は長であるシヴォリを捨てた。理由はシヴォリ本人もわからんらしいけどな。この森に置き去りにして、そのまま森の西の方角にあるキュロキュリー山を越え、そして隣国であるレーマン共和国領、フェイベール森林公園にて人間に撃たれ、全滅って話だ。運がいいのか悪いのか、生き残ったのはシヴォリただ一人ってわけさ」
ここ数日ほどシヴォリと行動をともにしている私だけれど、そんな話は初耳だった。
まだ、彼についてもこの世界についても、私は知らないことばかりだ。
「よせ、昔話はあくびが出る。わざわざホマレに聞かせる話でも無いだろう。それと、知ったような口を利くな」
シヴォリは、私にはまだ、この話を教えたくはなかったのかもしれない。
不可抗力とはいえ、過去の話を聞いてしまうのはとても申し訳ない気持ちになる。