07:犬猿の仲
犬猿の仲という言葉があるけれど、それはきっと彼らのことを指すのだろう。
片方は本当に犬(正しくは狼)だしな。
どうやらシヴォリと口喧嘩を繰り広げ、挙句戦闘にまで発展しかねない物騒な空気にさせているこの目の前の彼こそ、私が今から会いにいく予定となっていたお相手らしい。
森の権力者というからには、仙人や村の長老のような容姿のお年寄りを想像していたのだけれど、彼はシヴォリと変わらないくらいの外見年齢の青年だった。
この人、口が悪くなければきっとモテるんだろうな、というのが第一印象である。
「エセ神、挨拶くらいしたらどうだ。その子が文に書いていた例のホマレだ」
エセ神エセ神って、その言い回しがさっきから気になっている。
ニセモノの神様とは一体どういう意味なのだろうか。
少し、生前の話をしようと思う。
生前は高校を出てからずっと一人暮らしをしていたのだが、よく休日に家にいると宗教勧誘が来た。
私たちの神様を信じてみませんか、という謳い文句で、しつこく誘ってきた者もいた。
その宗教勧誘がみんな紹介してくる宗教は、基本的にパンフレットなどに神様が描かれていた。しかも、人型で。
いるかいないかもわからない存在を、どうして人型で表したがるのだろうと、いつも疑問だった。
もしかしたら神様は蛇の姿かもしれないし、もしくはカラスの姿かもしれない。猫や犬の姿な可能性だって充分にある。
なんでこういう宗教勧誘の人たちが勧めてくる「私たちの信じている神様」と押しつけてくる存在は、総じて人のかたちをしているのだろう。
それが、昔から疑問だった。
この疑問を目の前の彼と結びつけるつもりはないのだけど、神様というものはいまだによくわからずにいる。
「俺は緑樹神の一族が長、カゲトラだ。魔物でありながら神となった稀有な存在よ。このクソ犬っころとは昔から仲が良くねえんだ。とばっちり受けねえように気をつけろよ」
魔物でありながら神となった存在。
その一族の長──。
見た目はチャラそうなイケメンだけど、実は本当にすごい存在なのかもしれない。
「フン。神となった経緯が経緯だろうが。元々御神木に宿る水女神の家臣だったお前らが、恐れ多くも主の代理として神という称号を賜っていることこそ奇跡よ。我はお前を認めはせん。恐らく一生な」
どんな経緯があるにしろ、その水女神とやらの代理を務められている時点で、実力はあるのだろう。それにシヴォリが気づいていないとも思えない。
この二人の関係には、それだけじゃない何か大きな溝がありそうに思える。
「言ってろクソ犬。──ホマレつったな。よく見りゃお前いい女じゃねえか。こんな駄犬のところ出て、俺のそばにいろよ。あんな獣くせえ何もねえところよりも、いい暮らしさせてやるぜ」
話の矛先がこちらに向いたかと思えば、二人して私の手首を掴み言い合いが始まった。
「そちらこそ、青臭い食い物ばかりでさすがにいい暮らしとは言えん環境ではないか。肉を食わない一族に、ホマレが耐えられるとは思えんが?」
「肉ばっか食ってるとこもどうかと思うつってんだよコラ」
「ほう?久しぶりに泣かせてやろうか」
「お前に泣かされたことなんざねェだろ。モウロクしたかクソ犬」
言い争いはヒートアップしていくと同時に、グイグイと両側から引っ張られる私の腕は、すでに結構痛いのだが……。
「上等だ。相手をしてやろう。さぁ、ホマレは危ないからこちらへ来い」
「はっ。ホマレ、俺の攻撃に巻き込まれたくねェよな?こっちに来ていた方が安全だぞ」
二人の熱は、留まる気配はない。
「二人とも!いい加減にして!」
私が間に入らないとこの不毛な論争は終わらないようなので、僭越ながら声をあげさせてもらった。
「本来の目的を思い出してよ、二人とも。じゃないと二人のこと嫌いになるよ。いい?」
我ながら偉そうな口を叩いてしまったとは思っている。反省反省。
けれど、「嫌い」というワードが作用したのかわからないが、二人とも一発で静かになってくれた。
こんな感じだと、これから先どうなることやら……。