06:森を守る者
シヴォリが川に入って足を冷やしてきている間、私は頭上の突き抜けるような青空をただただ眺めていた。
──私、あの何もなさそうな空から突然落ちてきたんだよなぁ。
ゆっくりとこうして今の立場を考える時間は、あるようでなかった気がする。
寝る前後だって、次の日の予定を考えていて夢にまで見たくらいだもの。
それは生前から変わらないか。
仕事が忙しくて寝られなかったあの頃。考えることは仕事、仕事、仕事。
今この世界に来て、仕事のことは考えなくて済むようになったけれども、やはり生前の癖なのだろうか。次の日の予定などをこまめに考えてからでないと、落ち着いて寝られないのは変わらないでいる。
だからといって、決して不眠気味なわけではない。
朝起きる時間はそのときによってだし、そもそも時計というもの自体この世界には無さそうだ。
夜もあらかた翌日の予定が脳内で整理出来れば、わりとすぐに寝付いているように思う。
その予定の脳内整理が時間かかるのが難点だけどなぁ。時間かかったときは昼くらいまで平気で寝てしまう。
シヴォリはまったく起こしに来ない。頼んでもいないけれど。
これくらいの自由度が、私にはちょうど良い気がしている。
理想の暮らしだ。ある程度頭をつかい、必要な分寝る。最高じゃないか。
ここでいつまで暮らせるかわからないけれど、その今回お願いに上がる森の権力者という存在とどう渡り合っていくかが課題だな。
森の権力っていうと、まあ魔物しかいない森だから、当然その権力者も魔物っていうことなんだろうけど。
シヴォリはその存在のことを神様って言ってた。
魔物なのに、神様?でも水女神は本物の神様なのに、その権力者はニセモノ──?
情報量が少なくて、私の中の仮説がいろいろ迷子だ。
「でも偉いってことは、仙人とか村の長老みたいなビジュアルのおじいさんでも出てくるんだろうな……」
ひとりごちて、いかにも型にハマった想像だなとちょっと笑えてしまった。
しかしその権力者の一声で、私はこの森で暮らすも追放されるも決められてしまうのだろう。笑っている場合ではない。
『──水女神……そこにいるのか』
河原で寝転んでいた私に、ふとそんな声が聞こえてきた。
声の主を探そうと辺りを見回すけれど、それらしき者の影は見当たらない。
なんだろう。でも確かに聞こえた。
これは断言出来るが、決してシヴォリの声ではなかった。
もっと低い、低く響く男の声。
シヴォリはこの声が聞こえていなかったのか、人型の状態で川に足を突っ込んだまま大きな岩に腰掛けていた。
水音にかき消されて聞こえなかったのだろうか。
いや、それにしてはおかしい。
私のいる地点だって充分に川のせせらぎが聞こえてきている。シヴォリが何かこちらに言ってきたところで恐らく聞こえないだろうというほどに。
それなのに何故先ほどの声は、あんなにはっきりと私に聞き取れたのだろう。
水女神──シヴォリが言っていたこの森の本当の神様。この近くにいるというのだろうか。
「おい」
起き上がった状態で私が考え込んでいると、背後から肩に手を置かれた。
低い男の声。けれどさっきの声とは別人のように聞こえる。
「貴様がホマレか?あの野郎から聞いて──あ?」
背後に立っていた声の主を振り返ると、背の高いこれまた美丈夫が立っていた。
「おん、な?」
私の顔を見るや否や、謎の彼は凍りついてしまった。
私、何か彼に失礼なことでもしただろうか──。
今、あの野郎って言っていたけれど、それってシヴォリのこと?
としたら、彼はもしや──
「クソエセ神風情が、女と見ると気安く触ってくるのか。不潔だ、下がれ」
川の方を振り返ればこめかみに青筋をピキピキさせたシヴォリがいた。
「てめぇ!あんな紙切れ一枚で男か女かなんて判別出来るわけねえだろうが!それからそのエセ神呼ばわり、いい加減にしろよ犬っころが!女に尻尾振ってのこのこ連れ回してよォ!こんな人間の娘なんざ、ちょっと目を離した隙にそこらの雑魚魔物に喰われるのがオチだろ!」
初対面でほぼ彼のことは知らないけれど、彼が今から会いに行く予定だった相手のようらしい。
そしてもう一つわかったことは、彼とシヴォリが犬猿の仲だということである。