03:人間と魔物
街に着いたのは、シヴォリと出会ったあの地点を出てから体感にしておよそ二時間ほど経った頃だった。
シヴォリの走る速さは、生前車を運転していた頃の国道を走っていた感覚に近い気がするので、時速五十キロ程度は出ていたと思う。
そんなスピードを出しても二時間もかかったのだから、ラヴェルの森の全体の広さなんて某ドーム換算で数十個分くらいはあるのだろう。
シヴォリはその森を迷うこともなく走ってこれたのだから、素直にすごいと思う。
街と森を繋ぐ街道には誰もいない。それはそうか。こんな広大な森に間違って入ってしまったら、魔物に遭遇してしまうか、もしくは迷ってしまって抜け出せなくなるもの。
街の人間はきっと、この森を警戒している。だからきっと、わざわざ自分から入るような者はいないのだ。
「ホマレ。我もついていった方がいいか」
背から降りて街へ歩き出そうとしている私に、シヴォリがそんな提案をしてきた。
「いやいやいや、そんな大きさの魔物って即バレするスタイルで街なんか行ったら警戒されるに決まってるじゃん」
だってテニスコート二面分だぞ。目測で。
第一、街の人間は魔物に対して良く思っていないのだろうから、シヴォリが行って何か攻撃でもされたらと思うと、問題が尽きないことになってくる。
「馬鹿者。誰がこの姿のまま行くと言った」
呆れたように狼は言う。そして、ひとつ瞬きをした後、狼の姿は目の前から消えていた。
「──え?」
あのクソデカ狼がいない。
どこをどう探してもいない。
あの巨体、隠しようがないはずなのに。
木々の間に紛れても、大きさ的にすぐわかるはずだ。
シヴォリはどこへ行ったのだろう──?
「ここだ阿呆。どこを見ている」
シヴォリの声がして、そちらを振り返ると木の陰から一人男が出てきた。
「──あのォ、どちら様で?」
恐る恐る聞いてみると、盛大な溜息が返ってきた。
「さっきまで我の背に乗ってきただろう。忘れたか?」
まさか。そんな。
シヴォリがこんなに──美形だなんて。そんなの聞いてない。
「シヴォリ、もしかして人間とのハーフみたいな……?」
「バカを言うな。どんな魔物も、本来の姿と人型の両方になれる能力を持っている。だからヒトに混じって生活している魔物も極まれだがいるんだ。覚えておけ」
「シヴォリが人間に混じって暮らすタイプにはあんまり見えないんだけど」
「俺は人間とは暮らさない。けれど、過去に人間の言葉を教わったことがある。だから万が一、ホマレが魔物の言葉しか理解出来ないとき、我が役に立つかもしれないと思ってな」
なるほど。
魔物によっては、人間に対して抵抗のない種族とかもいるらしい。
一部のそういう種族の魔物に、シヴォリは人間の言葉を教えてもらったのだという。
そういうやつらは、人間に混じって生活していると。
私は人間なのだから、いや偶然魔物の言葉がわかっただけで、本来は人間の言葉を話すに決まって──いや。もしかするとシヴォリの言うことに一理あるかもしれない。
私が何らかのバグのようなもので、人間の言葉でなく魔物の言葉を身体が勝手に覚えてしまっていたのだとしたら。
実際にヴーヴの街に入ってみないと、この不安はぬぐいきれないように思う。
「じゃあ、一緒に着いてきてくれる?」
私からのお願いに、シヴォリは快諾してくれるのであった。