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01:魔物という生き物

 その巨体に気づかれないよう、私はなるべく衝撃を与えないように慎重に、黒いテニスコート大の毛並みの生き物から本物の地面へと移動した。

 まあ私が空から勢いよく降ってきたにも関わらず、まったく起きないのだから、この毛並みの上を歩いたところで起きるはずもないとは思うけれど。

 降りる際に、地面との高さが思っていたよりもあったため、最終的に滑り台を滑るような形での着地となった。毛並みがいいのでスムーズに滑っていけたのだった。


 それにしても。

 この生き物について、ある程度観察する必要がありそうだ。

 命の危険を回避するには、あまりにも情報が少ない。

 たとえこの生き物を回避出来たところで、他にも危険生物がそこらにいないとも限らない。

 出来る限り身の危険は回避したい。

 それには、この生き物がどの程度知能があって、どのような能力があるのかくらいは、せめて想定しておきたいのだ。


 私は生き物の周りを歩いて、顔となる部分を探し始めた。

 何しろこの巨体である。どっち側が顔でどっち側が尻尾なのか、また頭や尻尾が存在するのか否かすら特定出来ないのだ。


 数分周囲を歩き回ると、どちらに尻尾があってどちらが頭なのかということがわかってきた。

 私が降り立った地点はどうやら尻尾に近い部分だったらしく、先に巨大な獣のような立派な尻尾を見つけた。

 ということは、道理として反対側に頭があるはず。ということで、慎重に頭部の方に向かって移動してきたのだった。


「──これは……」

 思わず声に出してしまった。

 頭部を真正面から見える位置に移動してきた。

 このテニスコート大の生き物の正体が、正確にではないにしろ、何科の生き物なのかは把握出来た。

 そこに寝ていたのは、犬だった。


「……犬って、えぇ……」

 もうちょっとこう、なんていうかカッコいい生き物であって欲しかった。

 変な期待を知らず知らずのうちに抱いてしまったが、それは犬、もしくは狼と呼ばれる類の生き物。

 ただ、生前の頃の知っている犬と違うとしたら、あまりにも大きすぎるということ。

 テニスコート二面分の犬ってなんだよ。


 犬とはいっても、外見からしてシベリアンハスキーのような鋭さはある。決して小型犬のような愛らしさは感じられない。

 犬とあなどって舐めていると、殺されかねない。

 足元の鋭いツメにワンパン喰らえば、私なんて簡単に空に輝く星になれそうだ。

 毛並みの良さが相まって、その生き物はとても強く、そしてとても気高いように見えた。


「そこでいつまで寝顔を覗くつもりだ?ヒトの子よ」


 犬の、閉じていた目がうっすらと開くのがわかった。

 口を動かしてはいない。けれど、今の言葉は確かにこの生き物が発したものだ。


「我はヒトなど喰いはせん。無駄に恐るることはないぞ」


 私が恐怖で動けないとでも思ったのだろうか。その生き物は、面白がるようにそう言った。


「犬が──喋った」


 私の知っている犬は喋らないはずなのだが。

 そんな生前の理論に当てはめて、つい思ったことを口に出してしまった。

 驚いたのは、この生き物と意思の疎通が出来るということ。会話が出来るのならば、最悪の場合命乞いだって出来る可能性はある。


「犬だと?この我を犬と言ったか小娘。貴様、我をクッション替わりにして落ちてきたこと、多めに見ておればバカにしおって。この場で噛み砕いてやろうか」


 私のバカ。

 命乞いところか、自分から逆鱗に触れてるじゃん。

 嫌だ嫌だ嫌だ、こんなところで死にたくない。


「──それはそうと小娘。お前、本当にヒトの子か?なぜ我の言葉が通じる……?」


 いや、そんなの全力でこっちのセリフなんだが!

 犬と喋るのなんで人生で初めてです。生前の世界でも、こちらの世界でも。


「貴様、ヒトの皮をかぶった魔物か?においは限りなくヒトなのだがな」


 犬扱いするとまた怒らせてしまうから声には出さないけれど、やはりイヌ科だから嗅覚は優れているのだろう。大型車のタイヤくらいの大きさを誇るその鼻は、私のにおいを容赦なく嗅ぎまわっている。


「──あ、あの。魔物ってなんですか」


 私にとってこのお犬様は第一村人のようなものだ。

 この世界がどういうつくりをしているのか、彼に聞くのが一番早いだろう。

 それにしても魔物って、随分物騒な響きのワードを出してきてくれたものだ。


「魔物もわからんとは無知な。もしや何らかの理由で記憶でも無くしているのか貴様は」


 面倒なので訂正はしない。けれど、この世界の常識を教えてもらうに越したことはないし、ここは大人しく彼の意見に乗っておくことにした。


「魔物とは──その昔魔王がいた頃、魔王の手によって生み出された生物の総称よ」


 魔王のいるような世界観なのかここは。これではまるでゲームかアニメの世界だ。

 生前は私はその手のゲームの設定があまり好きではなくて、いつも現代に近い設定か、もしくは和風ファンタジー・歴史モノばかりを好んで生きてきた。

 なので、いきなりこの手の世界観を受け入れるのは、恐らく他人の十倍くらい抵抗があるように思う。


 ──というか。

 「魔王がいた頃」という表現をわざわざしたということは、現在はもういないのだろうか。

 勇者にでも倒された、伝説だけが残る世界線ということか?


「察している通り、魔王は今はもういない。このラヴェルの森のどこかに封印されているという言い伝えは残っているが、それももう数千年も前から伝わるただの伝承にすぎん。この時代において、魔王伝説はただの歴史の一部になってしまっている」


 歴史──ね。織田信長が本当に本能寺で討たれたのか、とかそういうレベルの話なんだろうな。なるほど。


 そして新しい情報として、ラヴェルの森というキーワードが私の脳内に追加された。

 この森の名前らしい。

 一体どれだけの広さを誇るのかはわからないが、私が先ほど不本意ながら空から落下してくるときに確認出来たのは、見渡す限りの深緑がどこまでも続いている風景だった。

 端が見えないということは、それだけ広大な森ということだろう。

 果たしてそんな森に落ちた私は、無事人間の住む街まで辿りつけるのだろうか。

 そもそもだけど、この世界に人間の街は存在するのだろうか。──先ほどこの犬は私のことを「ヒトのにおいがする」と言っていたから、つまり人間自体はかろうじて存在しているはずなのだけれど。


 この森から抜けられないまま一生を終える可能性だってあるかもしれないのだから、いろいろと覚悟しておかなければいけない。


 今はとにかく情報が欲しい。

 目の前にいる死の危険がある生き物に対しては一応常に警戒しつつ、だけども得られる情報はここでもらっておきたい。

 私はなるべく相槌のみで反応して、犬の話に耳を傾けるのだった。

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