11:カルチャーショック
あの会議のあと、すぐ緑樹神の一族の建築部隊は私の家づくりに着工してくれた。
生前の知識からして家が建つまでに半年くらいはかかるかなと思っていたのだけれど、彼らの仕事はかなり早くて、その半分以下の期間であっという間に完成した。
まぁ生前の世界なら、お客様の意見を取り入れて云々といった部分があるのに対して、今回の場合は私の意見は取り入れずに彼らのやり方に任せていたのもある。
郷に入っては郷にしたがえと言うし、これで正解だったと思う。
家が出来るまでの間、私は緑樹神の集落に身を寄せさせてもらっていた。
彼らの文化は人間に限りなく近いけれど、ひとつだけまったく違ったのが料理だった。
料理というか、調味料がシンプルすぎるのだ。
塩、砂糖しか使わず、偏った味のものばかりだったのだ。
さすがにこれはちょっと生活しづらいなということで、集落の女性たちを集めて料理教室を開催した。
まず、味噌の仕込みから。
大豆と麦は畑でとったものが大量にあり、彼らはこれを主食としていたので助かった。大豆があれば、味噌も醤油も豆腐も、日本人ならではの食材や調味料はある程度作れる。
麦があればこれを発酵させて麹にし、醤油や味噌づくりに使える。
米も作ってはいるのだが、麦と同様に今までは挽いて粉にして使っていたそうだ。もったいない。
なので米の炊き方もレクチャーしておく。
大豆を各々洗い、そして水におよそ一日漬けておく。
その間に米の炊き方をやっておこう。
一応精米する文化はあるらしく、白米の状態で保存されていたのでよかった。
この集落には少なくとも炊飯器なんていう日本人の強い味方は存在しないので、フタ付きの土鍋のようなものを借りた。
米を研ぎ、水に浸して約一時間ほど浸水させる。時計がないのでここは体感でどうにかした。
浸水が終わったら火にかける。
中火程度の火力で沸騰するまで待つ。コンロでやっているわけもなく、ここのは釜戸なので、火加減が難しかった。
集落の女性陣はその点慣れているため、火加減についてはこちらがレクチャーを受ける形となった。
沸騰したら弱火にして十五分程度加熱。その後、火を止めて十分程度蒸らす。
そうして炊けた米を集落の女性陣に味見してもらった。
「えっ!?米ってこんなに美味しくなるの!?」
「塩を振って食べているだけなのに、甘みがあって美味しい……」
「こんなの、手間がかかると最初は思ってしまっていたけれど、いくらでも食べられちゃうわね……」
と、こんな風に大好評だった。
その後、米の生産が会議により拡大されたのは言うまでもない。
魔物たちには米はカルチャーショックだったようだ。
翌日は味噌を、あらかじめ種麹から作っておいた麦麹と合わせて工程を踏み、仕込みは完了した。
集落の女性陣に、三ヶ月後に天地返しをするまで開けないようにと注意を促すと、
「気の長い作業になるわね」
と少々不服そうだった。
が、結局私の家が完成した際に、この集落を出て行くときに天地返しを教えたので、彼女らも忘れずに作業をこなすことが出来た。
完成はあと七ヶ月後なので、女性陣も楽しみにしているらしく、完成の際は私もまたここに来ることを約束した。
醤油については、次の機会に回すことにした。
あまりにいくつも一度に教えてしまってもつまらないということと、いちいちカルチャーショックを受けるようなら段階を踏んだほうがいいと思ったからだ。
一気に知らない調味料が増えてしまうと、料理をする側も使い勝手を覚えきれないというのが主な理由だな。
しかしこの炊飯と味噌の仕込みの件で、私はすっかりこの集落の者たちに気に入られてしまい、何でかあだ名がつけられることとなった。
「魔女様、次はいつ会いに来て下さるの!?」
「魔女様から教えてもらったお米の炊き方、とってもわかりやすかったもの。次来たらまた違うものも教えて欲しいわ」
魔女様、魔女様って──私には何の魔力もないということは、シヴォリやカゲトラの見立てでわかったのだけど、魔力もないのに魔女扱いされるのは複雑な気分だ。
「だって、魔女様のつくるものは、魔力でも宿っているかのように食材がとても美味しくなるんだもの」
だそうで。
いちいち否定するのも疲れるし、害があるわけでも差別的な意味合いがあるわけでもないので、私はこの呼び名を受け入れることとした。
これが、のちにある波乱を呼ぶなんて、今はまったく想像もせずに。