09:緑樹神の集落
それは、ほぼ村と言っていいだけの発展した集落だった。
あれからシヴォリの背に乗り、五分に一回喧嘩になりそうな空気を止めつつ、私とシヴォリとカゲトラは、目的の地である緑樹神の一族が暮らしている集落へとたどり着いた。
若者が多く、すれ違う人からはカゲトラが長だからか、はたまた珍客を連れているからなのか、よく声をかけられた。
「お、長おかえりー!なんだ、シヴォリの旦那も一緒なのかー。おお?そこのお嬢ちゃんは初めて見る顔だな?長、やっと嫁もらう気になったんか!」
「カゲトラ様はなかなか嫁御もらわねえからな、もしかしたら男色なのかと思って俺ァ狙われねえか用心しちまってたよ」
「バーカ、いくらカゲトラ様が男色だったところで、お前みたいなの狙わねえから安心しな」
ガハハハなんて笑い声で締めくくられて、カゲトラはこの人たちに愛されているんだなとわかった。
「勘違いすんな!俺は女が好きだよバーカ!」
カゲトラも負けじと言い返していて、シヴォリとの口喧嘩よりも平和な空気が流れている。
いい長って、こういうことなのかな。
民の声をちゃんと拾ってくれて、それがどんな言葉であろうと返してくれる。
民は信頼して軽口叩ける。この関係はとても重要で、いいものだ。
まだ出会ってそんなに経ってないけれど、それだけは何となくわかった気がした。
「男色だって珍しいことじゃねえからな。この国では王子すら男色だって話だぜ。俺はホマレみたいな女が好きだけどよ」
一言多いなこいつは。
そういうのはもうちょっと相手を選んで言うべき言葉だと思うが。
そういえば、この国のことはなんにも知らないでいるな。
ラヴェルの森の成り立ちさえさっき聞いたばかりなのに、この国という括りになるとまったく話がわからなくなる。
国の名前すら知らないんだものな。
正直に「空から降ってきました。この世界の人間ではありません」と事情を説明して知識を共有させてもらわなくてはいけないだろう。信じてもらえるか否かはともかくとしてだ。
実を言うと、もう生前の世界に戻れないことはわかっているのだ。
あちらの世界で私は確実に死んだだろうし、戻る身体が残っているとも思えない。
火葬されて冷たい墓土の下に骨だけ埋まっているのが関の山だろう。
私に残されている選択肢は、この世界で生きていくことのみ。
向こうの世界で死んだ人間で、こちらの世界に飛ばされてきている者がいないかどうか、それは追々確認しようと思っている。
それよりも何よりも、今はこの世界に生活の基盤を築くこと。それが最優先課題となるだろう。
難しい顔をしてそんなことを考え込んでいるうちに、私たちはカゲトラの屋敷に到着した。
この集落自体深い緑に囲まれたところだが、一族の家はほとんど地上に建ててあるのに対してカゲトラの屋敷はツリーハウスとして大木の上に建てられていた。
この集落に着いてからずっと思っていたけれど、緑樹神の一族は建築技術が高い。
自分で下手に小屋を建てるより、カゲトラに頼って作ってもらった方が安全面でも良いかもしれない。
「立派なお屋敷ね」
私の賞賛にカゲトラは誇らしそうに鼻で笑った。
「うちの一族の技術は人間にも負けない一級品だ。お前のことも話の次第では家を建ててやろうかってシヴォリやうちの棟梁たちと考えていたところだ。まぁ、この屋敷ほどの家は建ててやるのは無理だが、それなりのものならシヴォリの縄張りに建てることも可能だろうよ」
願ったり叶ったりだ。この申し出はありがたいし、シヴォリもそういう相談を持ちかけていてくれたことがちょっと嬉しい。
魔物というから、どうもダークなイメージを持っていたけれど、シヴォリも緑樹神の一族も、人間とさほど変わらないように思えてくる。
「で、本題だがよ。お前さんの身元と、どういう経緯でこの森に現れたのか。それを単刀直入に聞かせてくれ。見たところ悪いヤツではねェように思えるが、一応この森の治安を守る一族としての重要な役割を担っているもんでな」
部屋に通されるなり、早速私への問いが始まったのだった。