00:ハードモードなご挨拶
一部、主人公が強盗に命を奪われるシーンが冒頭に入ります。
こういった描写が苦手な方は、閲覧をお控えいただけたらと思います。
輪廻。
めぐりめぐって生まれ変わること。
たしかそんな意味合いだった気がする。さだかではないけど。
普段使わないそんなワードをふと思い出したのは、死の淵に立たされたときだった。
「運が悪かったな、オネーサン」
そんな、知らない男の声色が、耳に残っている。
最後に見た景色は、私のものであろう返り血をふんだんに浴びた声の主と、その背景を覆い尽くすかのように燃え盛る炎だった。
熱気と物が焦げた臭い。そして腹部の尋常でない痛みの感覚が、まだ生々しく脳裏に張り付いている。
運が悪かったと言われれば、それまでのことだった。
夜中に窓から侵入してきた強盗と、音に反応して起きてしまった私の鉢合わせである。
強盗は私の下腹部を、持っていた包丁のようなもので深々と刺した。
それでもまだ息のあった私に対して、予定外だと焦ったのか、持っていたライターオイルを部屋にぶちまけて強盗は火を放った。
そして、私の上に馬乗りになり、最後に私の喉元に刃物を刺す。
運が悪かった。彼の言うとおりだ。
起きなければ、命までは取られずに済んだかもしれない。
でも仕方ない。私は元々不眠の気があるのだから、そんなこと言われたってどうにもならないだろう。
だから私は、あそこで死ぬべくして死んだと、そう考えることにした。
もし、次生まれ変わることが出来たなら。
もう少し楽しくて、待遇のいい仕事に就きたい。
出来れば、自給自足の田舎スローライフなんていいかもしれない。
私が不眠になった原因は、仕事にも一因があるので、そこは改善されることを祈ろう。
どうか、次はもうちょっと平和に生きられますように。
身体がふと、急激に意識を取り戻していく感覚があった。
そして、意識の浮上と同時に、身体が急速にどこかに落ちていく。
落ちるって、どこに?
疑問を解決すべく恐る恐る目を開けると、眼下に広大な森が広がっているのが確認出来た。
「──あ、ああああああああああああああああああああああ」
やばいやばい、これやばいって。
地上何百メートルくらいかわからないけど、空から地面に向かって急降下してる。
というか、死に向かってダイブしてると言った方が早そう。よくわからないけど、これが転生した世界なのだとしたら、生まれて即二度目の死がすぐそこに待ってるような感じなんだけど、どういうこと?
人生のバグにしても、もう少し道理の通ったバグであって欲しかった。
私の身体は止まることなく、森へと吸収されるかのように落ちていく。落ちていく。落ちて──落ちて落ちて落ちて落ちて。
「無理無理無理無理無理ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいい」
死んだ、と思った。
目はかたくつぶっているので、今自分がどうなっているのか視覚的な判断は出来ていない。
だが、あらかじめ予測していた地面とのダイナミックなキスシーンは、何拍か待ってみているが一向に訪れない。そして痛みはあるものの、身体に出来ている傷も細かい枝に掠った程度のもののようだ。
一体何が起きているのか。
恐る恐る目を開けてみると、一応何かに着地出来てはいたようだった。
何かって何。
これ何。
地面ではないその何かは、恐らく生き物だ。
フワフワの絨毯のような黒い毛並みが、呼吸のたびに上下する。
しかし、大きさが尋常ではない。テニスコート二面分ほどはあるだろうか。私は、謎の黒い大きな生き物の、恐らく察するに背中あたりに着地したのだった。
というか、私の落ちてきた衝撃でよく無事だったなこの生き物も。
テニスコート大の動物なんて、生前の世界では生で見る機会などなかった。
そもそも地球上にそんな生き物、存在していたかすらわからない。そもそも動物に興味のある性格でもなかったから、知識がないだけかもしれないけれど。
いたとして、クジラとかダイオウイカみたいな類のものだろうか。
テニスコート二面分。今私の下に広がる絨毯の大きさだ。そんな大きさの生き物に、私という存在が乗っかっていることを気づかれてしまったら、もしかしなくても命の危険があるのではないだろうか。
地面と仲良く顔面まるごとディープキスしなくて済んだのは幸いだと思うけれど、違う死の危険が出てきてしまうのはもう人生がバグっているとしか思えない。
スローライフはどこ行った。平和に暮らせますようにとか、そんなことを祈っている場合ではない。
まず生きていけますようにというところから祈らないといけないのはおかしいだろう。
この生き物の全体像がどんなもので、どのくらいヤバそうで、敵意があるかが何分わからないものだから、最悪の状況と過程することしか出来ないのが悲しい。
というか、この生き物はそもそも、私が隕石のごとく突っ込んできたのに対して、何の反応も今のところしていないようだ。身体を上下させているところを見ると、寝ているのだろうか。
あの勢いで私が突っ込んできたのにも関わらず、まだ寝続けられるという事実に驚いている。素直に見習いたいものだ。
そのくらいのメンタルがあれば、私も強盗相手に起きずに済んだはずなのだが。