怪しいバイトの勧誘
全3章で、1章は明るいお話になってます!
2020年6月24日午前8時42分。
通勤や通学で多くの人がうごめく中、約32万人が暮らす流市に突如として大量の怪物が出現。獣のような見た目をしたものや二本足で立つものなど種類は様々であったが、それらは出現と同時に破壊をはじめ、半数以上の一般市民を虐殺。
その後、国の防衛組織が到着した際にはすでに怪物は動かぬただの肉と化していた。
この大災害は国民にひどく大きな影を落とし、さらには大災害ほどの規模ではないものの、流市周辺で同様の事例が多発。先が見えず、いつ脅かされるともしれない自身の平穏に、この国全体が憔悴しきっていた。
2022年7月―――
学校の後のアルバイトを終え、家に帰ると今日の晩御飯が作り置かれている。こうやって俺の帰りが遅い時は、祖母が毎回用意してくれているのだ。
二人で生活し始めたときは祖母も頑張って起きていたが、やはり19時前には眠くなってしまうらしく、何とか説得してこの形に落ち着いた。父と母が大災害で帰らぬ人となった今、家族と呼べる人はもう祖母しかいないのだ。できるだけ無理はさせたくない。
少し古びた電子レンジでご飯を温め、出来上がるまでの少しの間携帯をいじっているとインターホンの音が鳴り響いた。こんな時間、といってもまだ20時前ではあるが、うちに何の用だろうか。宗教も、保険も、訪問販売ももう間に合っている。
それでも仕方ないので玄関の扉についているレンズから外を窺うと、そこには白衣を着た男性と、なにかよくわからない犬の被り物をした人が立っていた。
こんな住宅街には不相応ないでたちだ。どう見ても不審者である、関わらないことが身のためであろう。そう判断しドアのチェーンをかけた状態で玄関を開ける。
「こんにちは、律君だね。私は――」
「あ、大丈夫です。」
それだけ言い残し、扉を閉めた。名前を知られていることに多少動揺したが、数うちゃ当たる先方の営業はこれで基本引く。一息ついて鍵を閉めようとすると、もう一度インターホンが鳴った。
「話も聞かずにすぐ占めるのはひどいよ。私たちも君のおばあさんを起こしたくはないし、普通に話を聞いてくれると助かるんだけど。」
もう一度扉を開けると、白衣の男性が妙になれなれしく、こちらの事情にも妙に詳しい素振りで話しかけてきた。
「、、、どちら様でしょうか」
「おっと失礼、私はエークス・エリファ博士だ。気軽に博士と呼んでくれ。こちらの犬はただの荷物持ちなので気にしなくてくれて構わない。」
「、、、どういったご用件で」
「そうだね、でもここで話すには少し難しいことだし長くなりそうだから、よければ中に入れてくれないかな?ここは冷えそうだ。」
嘘をつくな、今は7月だぞ。しかもこんな怪しいやつらなんて入れたら何されるかわかったもんじゃない。そんな心の声が漏れていたのだろう、博士と名乗る男が
「そんな目で見ないでくれよ、何もしないさ、、、 そうだね、まぁとりあえず、さっきからなっている機械音を止めに行ったらどうだい?結構うるさいよ、アレ。」
そういわれて、いつからか電子レンジの音が鳴り響いていたに気が付いた。男の言うとおりにするのも癪だが、確かにこの時間帯には顰蹙なので電子レンジを止めにひとまずリビングに向かう。
電源を切り、温めすぎて持てなくなった食器に苦戦していると、さも当然のように先ほどの男二人が廊下から出てきた。鍵はかけていなかったかもしれないが、チェーンはかけていたはずだ。こんなの死あるのみである。
「ちょっと入らせてもらったけど、声とか出しちゃだめだよ、おばあさんとか近隣の迷惑になるからね。本当少し話したいだけだから。」
「言ってることが強盗と一緒なんだよ、、、」
「ハハッ、そうかも。」
そう笑いながら、男は椅子に座る。机の上を手で軽くたたき、俺にもそこに座れというようなジャスチャーをしてきた。対して被り物のほうは本当に何もせず、立ったままだ。
こうなってしまっては俺に主導権はなく、男に従うしかない。多少警戒しながらも、机を挟んで男の真正面の椅子に座った。
「多少強引になって申し訳ないとは思うけど、今回の話はあんまり人に聞かれたくなくてね。理解してくれると助かるよ。」
「もうそういう御託はいいから、早く本題を話してください。」
「理解が早くて助かるよ!話というのは、流市周辺にでる怪物の事さ。」
怪物、1年前に起こった大災害の後にも出現している奴のことだろう。今は国が辺り一帯を封鎖しているはずだ。
「奴らが出現してからというもの、皆いつ来るともしれない脅威に怯えて暮らしている。いくら防衛線を張ったって増え続ける怪物に対処しきれず、そもそも奴らは何なのか、どこから生まれてきているのか、2年たってもそれすらわかっていないのが現状だ。
毎週犠牲者数がニュースに流れ、奴らについて不安をあおるような議論ばかりが流れている。要するに、希望がないのさ、希望が。」
「、、、はぁ」
「ピンと来ていない、といった反応だね。私が言いたいことはつまり、あのいかれた怪物を一緒に倒して英雄にならないか?ということさ!」
「、、、ん?」
「月収数十万+歩合制のボーナス、勤務時間はまばらだが3食付いた住みこみ寮つきで勤務内容は怪物の討伐!有給付きで髪色ピアス自由!どうだい?!」
「え、あれ、これって、バイトの勧誘の話でしたっけ?というか怪物の討伐って何ですか」
「まぁそうだね、ほぼバイトみたいなもんか。さぁ決めたまえ!ここで私たちの手を取れば富と名声、力が手に入る!そりゃあ怪物討伐には大変なことだってあるだろうが、そこは男の子だ!手に入るものに比べたら微々たるものだろう!」
「いや無理でしょそんなの!そんな怪しいもの受けれるか!あとだから怪物討伐ってなんなんだ!」
「討伐の方はそのまんま、怪物を倒すって意味なんだけど、、、う~ん、この前はこれですぐ決まったんだけどな、、、よしわかった!ここに契約書はあるから、これ読んで決意が固まったらすぐ連絡してくれ!」
男は被り物の人が持つカバンから一枚の紙を取り出す。どうやらこれが契約書のようだ。以外にちゃんとしていて少し感心した。
「それじゃあ今日はこれで帰るけど、決まったらすぐに連絡してね!頼んだよ!」
言うや否や、椅子から立ち上がりそそくさと家を後にする。取り残された俺は契約書を見つめながら、まだこの話の流れを咀嚼できずに呆然とするしかなかった。
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